1 はからずも出会い


 ただの茶色い、たよりなく軽いカタマリが湯を注いだ瞬間にゆるりとほどけて味噌汁に変貌する。それを見るたび木太郎は「最近のインスタントは進化しとるなあ!」と感嘆せずにいられないのだった。このフリーズドライというやつは、ほんまにすごい発明や。ノーベル賞もんやで、と。
「味噌汁はこれでじゅうぶんやな。わざわざダシなんか取らんでもこれでじゅうぶん、インスタント様様や。ま、値段は高いけどな。な、佐都子」
 佐都子は答えない。テーブルを拭く手を止めて、じっとテレビに見入っている。テレビから「出産ラッシュ」という言葉が聞こえた。この時代にか、と驚いたがなんのことはない、動物園での話だった。春はいい。花が咲き、新しい命が生まれる季節。
 妻の返事がないことには頓着せず、木太郎はだしまき卵の皿と汁椀をのせたトレイを運んだ。ふたりが結婚して四十年以上経つ。「朝食は和食」というのは、新婚当初からの決まりだった。パンはだめ、食べた気がしない、という点で、ふたりは一致していた。
 味噌汁はインスタントだし、だしまき卵と鮭の塩焼きはスーパーなどで売っている真空パックのものだが、ごはんはツヤツヤピカピカの炊き立てだ。佐都子が毎晩寝る前に、朝六時に炊き上がるように炊飯器をセットする。昔は朝からかまどで炊いていたのだと思うと、つくづく現代人は楽をしていると思う。
 新婚の頃は、ただ黙って座っていた。目の前に運ばれてきた朝食を、新聞を読みながら黙々と食べる、家長とはそういうものだと思っていた。父がそうだったからだ。
 だが、ある時から木太郎は妻を手伝うようになった。佐都子からなにか言われたわけではない。木太郎自身がそうしようと決めて、そうしたのだ。
 木太郎は五年前に定年を迎えるまで、大阪市内にあるモリグチ木工という家具製造販売の会社に勤めていた。天然の無垢材を使用した無骨なつくりの椅子やタンスは少々モダンさに欠けてはいたが耐久性は抜群で、一生ものとの呼び声が高い。
 近年は安価でデザイン性の高い家具をあつかう国内外の大手家具メーカーに押され、どうにか持ちこたえている、というきびしい状況だった。人員削減が数回にわたっておこなわれたが、木太郎は六十歳を過ぎてからも会社に残ることができた。特別有能なわけでもない自分が退職勧告を免れ続けたのは、社長に好かれていたからだと思っている。
 会社では「三代目」と呼ばれていた社長は、木太郎より二歳年上の男だった。アメフトをやっていたので体が大きい。地声が大きい。なんとかなるわい、が口癖で、やたらと気が大きい。このなにもかもが大きい社長に、木太郎はなぜか気に入られていた。理由はわからない。まだ新入社員だった頃の花見の席で、社長がちらし寿司からこっそりよけていたニンジンをかわりに食べてあげたからかもしれない。
「木ちゃんと喋ってると、気が休まるねんなあ」と、よく言われた。入社当時から実店舗に配属されていた木太郎が四十代に入ってから内勤を希望するとあっさり総務部に異動がきまったのだが、それも社長の采配によるものだった。
 店舗の頃も、本社の総務部の頃も、同僚と部下はほとんどが女性だった。彼女たちは木太郎の前で、木太郎などいないかのように、実にさまざまな愚痴をこぼした。ふだんは寡黙な従業員も亭主の悪口になると突如として饒舌になり、語彙が豊かになり、表情筋の動きが活発になった。
 若い女性たちの「夫は飲み歩いてばかり」「ポケットにキャバクラの名刺が」といったかわいらしい愚痴に比べると、年配の従業員のそれは「熟年離婚」とか「夫源病」といった不穏な単語が飛び交う、じつにスリリングなものだった。それらの会話に木太郎は決して口は挟まず、耳をそばだて、心に誓った。おれは、定年退職後に離婚を切り出される夫にはぜったいにならんぞ。食べ終えたら食器はちゃんと流しに持っていく。「うまかったで」と感謝の言葉もかける。ゴミも出すし、靴下を脱ぎっぱなしにもしない。
 木太郎には、自分は先進的な男ではないが古い男でもない、という自負がある。男女平等、女性の社会進出、家事の効率化、おおいにけっこう。主婦の楽をしたいという気持ちだって、ちゃんと理解している。だから食器洗浄機でもスティック型掃除機でもなんでも買ってあげた。誕生日のプレゼントとして。
 炊飯器を開け、ごはんをよそう。佐都子はすくなめ。考えているより、ずっとすくなめ。朝食の用意を手伝うようになってすぐの頃「あなたにごはんをつがせると、まんが日本昔ばなしみたいなこんもりごはんになるのよね」と嫌みったらしいため息をつかれて以来、気をつけている。
 佐賀県出身の佐都子は、大阪に住んでいる期間のほうがもうずっと長いにもかかわらず、いまだにごはんをよそうことを「ごはんをつぐ」と言う。かさぶたのことを「つ」と言う。興奮すると「これ」「それ」が「こい」「そい」になる。最初の頃は素朴でかわいらしいと思っていたが、最近は「今もなお、なのか?」と畏怖に近い感情を抱く。大阪に来てもう何十年も経つのに、お前の身体には今もそんなにも佐賀が息づいているのか。そんなにもなのか。
 食卓の用意がすっかりととのった。佐都子は礼も言わずに椅子に腰をおろし、食べはじめた。視線はテレビに注がれたままだ。
「なんで、信じてしまうのかなあ」
 佐都子はそう呟きながら、鮭の身に箸を入れる。
 テレビ画面の右上に「国際ロマンス詐欺」の文字が躍っていた。インターネット上などで外国人を装い、恋愛感情を抱かせ、時には結婚をちらつかせ、日本に会いにくるための渡航費だとか家族が病気だとか言って金銭をだましとるのだ。
「なんでって、アホやからやろ」
 木太郎は言い放ち、味噌汁を飲む。
「でもね、あの一豊さんでさえもだまされたんよ、ということは」
 佐都子が言いかけるのを「いや一豊さんでさえもって、どういうことやねん」と笑いながら遮った。
 一豊とは佐都子の従兄の名だ。代々続く建設会社の会長で、「町でいちばんの秀才」だったらしいのだが、木太郎から見たらただの世間知らずの田舎のおじさんだった。いや、おじいさんか。
 一豊さんは去年、SNSでビビアンだかエビアンだかいう外国人の女からアプローチされ、まんまと騙され、けっこうな金をとられたという。そのことが妻のひさ枝さんのみならず親戚や会社の従業員にまで知れ渡り、一時は会長職を辞するの辞さないの、ひさ枝さんと離婚するのしないのという騒ぎになった。
 佐都子は「でも考えてみたら、一豊さんもかわいそうなとこあるわ」とかばっていたが、木太郎にしてみれば馬鹿らし過ぎて笑う気にもなれない。だって、なぜ外国人の若くてきれいな女が一豊さんみたいな日本人のおじさんを、いやおじいさんを本気で好きになると思ったのだろうか。金がどうとか言い出した時点で、おかしいと気づかなかったのだろうか。
「なんぼ一豊さんが秀才やったと言うても、それは十代の頃の話や。あの人、佐賀から一歩も出たことないんやろ? 学校出てすぐ親の会社継いで、世間に揉まれるという経験をまったくしてへん一豊さんは、アホは言いすぎかもしれんで、しれんけど、でも事実そうやって騙されとるんやからなあ」
 佐都子はそれきり黙りこみ、あとは黙々と箸を動かし続けた。これほど客観的かつ冷静な事実を突きつけられたら、黙るしかあるまいて。木太郎は上機嫌で、食後の血圧の薬をぬるくなったほうじ茶で飲み下した。 

(続きは本誌でお楽しみください。)