子供は誰だっていつだって、親にとって一番の自慢でありたいと願う。だって、親は世界のすべてだから。もし期待に沿えなかったら、鏡を見ながら、自分で自分のおでこに、「ダメな子」と泣きながら書かないといけない。恥ずかしさや情けなさが頭をうんと重くするから、誰に命令されなくてもうつむいて歩いてしまう。子供は何歳になっても親の子供で、自分が粉々に砕け散ってしまうのを覚悟で暴走しない限り、レールから外れることはできない。つまり、わたしたちは生まれを選べないだけでなく、生き方さえもほとんど選べないと、そういうわけ。
 十三歳のわたしにとって、世界は霧の町、チェリータウンだけだった。町のモットーは、「壊れていないなら直すな」。余計なことをすれば話がややこしくなるというのが大人たちの言い分で、見て見ぬふりが教育目標。
 大人たちがそんなだから、チェリータウンはいつだって灰色。
 銃を持ってうろつく男や、学生からお金を巻き上げる危ないタトゥーの集団とか、そういうわかりやすくヤバい連中はさすがにいなかった。けど、朝から夜までなんとなく騒がしくて、非行に走らない若者と、飲んだくれでない大人はほぼいなかった。褒められたものではない大人たちに認められなかった子供たちが、他にすることもなく安いスリルに手を出し、後先を考えずに子供を作っては、親にされて悲しかったことを自分の子供にする。
 もう何十年も、ひょっとしたら開拓時代から、ずっとそうなのかもしれない。
 町はある意味で安定していた。日常は時計の針のように機械的に進み、みんないつか自分がすりつぶされる番を待ちながら、くすんだ日々を過ごしている。誰も正常を知らないから、何が間違いなのかもわからない。大人たちはそれを、壊れていないから直すなと突き放す。
 そして町と、子供を支配する大人たちは、代わり映えのしない毎日を繰り返し続けるのだ。これも時計のように。秒針も短針も長針も、自分に与えられた速さを守って休むことなく働かされる。動きが段々にぶくなってきたら、ゼンマイを巻かれて、正しいとされる位置まで連れて行かれる。そして針たち自身は、自分が何を指し示しているのかもわからないまま、動いて動いて、一生を終える。
 カチッ、カチッ、カチッ。
 単調で灰色の動き。時計の動き。人の動き。
 定められた数字。定められた運命。霧の中のわたしたち。


  第一週 お向かいの ナタリー・クローバー


 土曜日は嫌い、お酒とタバコの臭いが染みついているから。特に夏休みの土曜日は。
 毎日が休みなせいで、日曜日の価値はガクンと下がる。雪の日のアイスキャンデーみたいに、もっと別のときだったら嬉しくなるけど、いまじゃないのって歯ぎしりしたくなる気持ち。そのくせ大人たちは明日が日曜だからと浮かれて、とにかくタバコを吸ってお酒を飲む。
 パパの経営するバー『スモーク&ウォーター』は、土曜の夜が一番にぎわう。だからわたしは家事をさっさと終わらせて、お店のテーブルを拭きながら注文を取ったり、料理を作って運んだりしないといけない。パパはお客さん、というか他人がカウンターの内側に入るのを、ものすごく嫌がる。店員は高校生でニキビ面のフィル・スチュワートをレジ係として雇っているだけ。それじゃあ店を回しきれないから、わたしがネズミみたいに走り回る。
 フィル・スチュワートは入り口近くのレジカウンターに定時までずっと座らされて、できたてのニキビをひっかこうとしてはためらってばかり。話しかけても「あー」とか「うー」とかしか言わないから、わたしは好きでも嫌いでもない。ハンバーグに添えられているクレソンみたいな感じ。どうでもいい。レジ打ちは速いけれど、パパが評価しているのはその点だけで、バイト代は雇われたときからずっと同じ。
 彼が文句を一つも言わないのは、ピンハネお給料以上のものをもらえているから。猫背で内股で、シャツをズボンにいれるようなダサいティーンエイジャーが、どうしてピアスとタトゥーで着飾る不良から、ツバを飛ばされたりチップを巻き上げられたりしないのか。
 答えは簡単、パパがスタンリー・ウォーカーだから。
 昔は町の外でギタリストをしていて、手の怪我で大成する前に引退をしてしまったけど、背が高くて喧嘩が強いから、不良も飲んだくれも、みんなが恐れている。裏道で起こったいさかいも、パパが来れば両者が謝ってすぐにおしまい。気さくでジョークが上手くて、さらに気前もいい。パパは町のヒーローだ。
 おかげで、わたしも学校ではいじめられないどころか、遠ざけられている。十三年も生きているのに、いまだに友達はゼロのまま。兄のエディには昔親友がいて、彼には優しくしてもらっていたけれど、あくまでエディの友達でわたしとは対等じゃなかったし、いまはもうほとんど他人。そんなの、この町じゃよくあることで、いちいち悲しんでいたら疲れてしまう。
 当然だけど、わたしはいつも独りぼっち。
 だから、橋を見る。
 町の端っこにある、ささくれの目立ったベンチに座って、霧ににじんだ橋の影をにらむ。町では一日中、どこからか汚い言葉やヒソヒソ声が湧いているのに、そこだけはいつも静か。
 橋にはいつも霧がかかっている。この橋をどれだけ行けば反対側にたどり着けるのか、そもそも反対側があるかどうかさえも、ハッキリとしない。
 町の外を、わたしは見たことがない。地理の授業で世界の国や町について写真付きのスライドで教わるけれど、いつも映画を観ている気分になる。いかにも噓で、どれだけ真面目なテーマを扱っても、どこか他人事。自分の目で見た物以外、わたしは信じられない。大人は子供に、わかりきった噓を本当のことだよって教えるから。サンタなんかがいい例。
 お酒や食べ物を運んでくるトラックと巡行バスを除けば、橋の向こうから車はほぼ来ない。たまに珍しい小型車が来て、つい立ち上がっても、たいていが夢破れた若者の出戻りだ。
 けれどこの日、霧から出てきた黒いワゴンは、何かがいつもと違っていた。
 出戻り組は橋を渡りきると、車から降りてきて、帰ってきた実感を体に染み込ませようと何度も足踏みをしたり、霧を胸いっぱいに吸い込んでみたりするのだ。マニュアルがあるみたいに、みんな同じ動き。
 ところが、黒いワゴンはノンストップでわたしの脇をすり抜けると、さっさと住宅街の方へ行ってしまった。一秒でも早く用を済ませて、橋の向こうへ帰りたがっているみたいだった。
 もうお昼を作る時間だから、わたしは町を観察しながら家まで自転車を漕いだ。
 わたしはこの町のことが嫌いじゃない。町の外のことを考えると不安になるし、嫌なことまで思い出して、シャツの中に毛虫を何匹も放り込まれたような感じがしてしまう。
 町という響きは、わたしを安心させてくれる。たとえ、霧でほとんどの風景がぼやけていても。だって、ここはパパの町だから。
 くねくねした上り坂を五分ほど漕いでいくと、並木が終わって、建物が見えてくる。
 色を制限する法律はないけれど、どの家の屋根も焦げ茶とか紺色とか深緑とか、落ち着いていて他人の気分を害さない色に塗られている。いわゆる、暗黙の了解というやつ。
 さらに五分行くと町役場があって、その前の通りをまっすぐ行って、古着屋『バビロン』のある交差点を右に曲がって大通りに出れば、そこがわたしのパパの家。
 屋根はカーキ色で、玄関扉は灰色。由緒正しき、チェリータウンスタイル。大通りに面している方はお店になっていて、玄関はひっそりと裏通りを向いている。
 わたしはいつもお店の近くで自転車を降りて、音を立てないようひそやかに裏へ回る。話しかけられて、面倒ごとに巻き込まれたくないから。
 だというのに、斜め前で男の人が声を上げて、近づいてきた。もう、なんでこうなるの。
 町の大人たちはパパに気に入られたくて、よくわたしに声をかける。そんなことに意味があると思えている分、わたしよりは幸せだろうけど、うらやましくなんかならない。
「ソフィア、ちょうどいいところに帰ってきたね」
 気の弱そうな、おじさんの声だった。よく知っている人だ。
「町長さん、こんにちは。どうかしたんですか」
 家の前に自転車を停め、挨拶をしながら顔を上げた。家の向かいにある物に気づいて、困り眉をした町長の顔はすぐ目に入らなくなった。
「何か聞いていないかい? お父さんやブラックさんから」
 裏通りを挟んで向かいの家には、昔からミスター・ブラックというおじいさんが住んでいる。屋根も扉も真っ黒で、それはいかにもチェリータウンカラーだけれど、ミスター・ブラックは決して町の色に同化してはいなかった。町の行事には絶対に参加しないし、喋っているところも見たことがない。町長が定期的に来ては追い返される以外に、家には誰も訪ねてこない。窓にはいつもカーテンがかかっていて、すべてが謎に包まれている。
 わかっていることといえば、庭の管理を徹底していることくらい。道路から玄関まではレンガで道が作ってあって、その左右に、規則正しくバラが植えられている。ミスター・ブラックは毎朝決まった時間にバラの手入れをして、それはわたしが芝生に水をやる時間と被るから、目はそれなりに合う。微笑み返されたことはない。
 そんな孤立した家の前に、あの黒い車が停まっている。これはまさしく事件だ。町長がここにいるのも、たぶん忙しいフリをしながら、実際は暇を持て余しているその辺の住民が、わざわざ町役場に電話したからに決まっている。
「見慣れない車が町の中を走っているという通報が、何件か役場にきてね」
 ほらやっぱり。町長はお腹をソワソワとさすりながら、シワだらけの顔をしかめた。
 この怪しい車は、ミスター・ブラックに何を運んできたのだろう。ただの荷物か、親戚の誰かが死んだお知らせか。それともミスター・ブラックをどこかへ連れて行ってしまうの?
 なんであれ、わたしたちは何もすべきではない。だってほら、町のモットー。
 わたしと町長がその場に立ち尽くしていると、気短な音を立てて、玄関扉が開いた。スーツを着て銀縁のメガネをかけた女の人が、かったるそうにレンガの上を歩いてくる。家を出るときに家主に挨拶をしないなんて、ずいぶんと態度が悪い。これだからよそ者は嫌い。
 女の人はわたしと町長に気づきながら、挨拶もしないで車に乗り込んでしまった。町長が窓ガラスを二回ノックすると、気怠げにため息をつきつつ、窓を下げた。
「急いでいるので手短にお願いできます?」
 表情も口調も厳しい。それでも町長は顔色を変えず、丁寧に尋ねた。
「すみません、わたくし、町長のアルフレッド・ギランと申します。ブラックさんのご親戚の方ですか?」
 町長、という言葉に反応して、女の人はメガネの位置を直し、財布から紙切れを出した。たぶん名刺だ。のぞき込んだら失礼だと、わたしは少し離れたところに立って、どうかこの人がミスター・ブラックの親戚ではありませんようにと祈った。
 女の人はすぐに手を引っ込め、窓ガラスを上げながら早口で言った。
「八月末にまた来ます。それでは」
 鼻づまりみたいな音をふかして、車は橋の方角へ去ってしまった。町の騒々しさが増していく。今頃また、町役場には何件も通報が行っているはず。
「なんて書いてあるんですか?」
 わたしはできる限り興味なさげに聞いた。本当は知りたくてたまらなかったけれど、それを他人に見抜かれるのは恥ずかしかった。大人が付け入る隙を、絶対に与えたくなかった。
「子供は知らなくていいことだよ」
 聞き分けの悪い幼稚園児をなだめるみたいに、町長は苦笑いをして、名刺を胸ポケットにしまった。この冴えない大人は、優しい人ではあるのだけれど、わたしをやたらに子供扱いする。それが子供の手本になる良い大人の態度だと、正解だと信じ込んでいるから。
 町長はレンガを革靴で踏みつけていって、扉をノックした。
「ブラックさん、いらっしゃいますか? 町長のギランです。ここに停まっていた車の件でお話があるのですが」
 ミスター・ブラックは呼びかけに応じない。町長もそれがわかっているから、いつも流れ作業。ノックノック、しーん、町長は帰宅。
 ミスター・ブラックの孤高な感じが、わたしはすごく好き。孤独とは違う。孤独は誰も寄りつかないことで、孤高は誰も寄せ付けないことだ。不良たちだって、ちょっかいをかけないんだから。退役軍人で、昔は将校だったというウワサのせいだろうか。それか、単にパパの店のすぐ裏だからってだけかもしれない。
 わたしはこっそり、後ろで組んだ手でVサインを作った。変な車は来たけど、それ以外はすべていつも通りだ。町は今日も日常を遂行している。
 そう安心した直後だった。
「いいよ、ボクが出るから」
 静寂を定められている扉の向こうから、凜とした若者の声がした。わたしはついレンガの上に一歩踏み出してしまって、体も前のめりだし、町長は頭だけ咄嗟に後ろへ向けたから、二人揃ってすごく中途半端な姿勢。
 一秒、二秒、住宅街の喧騒が遠のいていく。
 三秒、四秒。わたしは待ちきれなくなって、さらに三歩、レンガの道を進んだ。
 そして五秒目、ついに扉は開いた。
 その人は一瞬の内に外へ躍り出て、さっさと後ろ手で扉を閉めてしまった。おかげで、中を少しだけでも覗きたがったわたしのやましい心は、あっけなく追い払われてしまった。
 現れたその人は、ハッキリ言って、すごく変だった。
 胸まである髪はボサボサで、ヘアバンドをしているのにあっちへこっちへ跳ねていた。上は白地に虹色の絵の具が飛び散ったようなシャツで、下はヘアバンドと同じ黄色の短パン。この町じゃ、原色の服は嫌がられるのに。羽織っている白いトレンチコートが半袖で、しかも長かったのを破いたのか袖がほつれてしまっているのも、紐の無いスニーカーを裸足で履いているのも、そのせいで足のほとんどが丸出しになっているのも、何もかもが普通じゃない。肩にかけた大きい茶色のカバンも、死にかけのようにくたびれていた。
 体はバナナみたいにスラッとどこも平らで、なんなら痩せすぎている。そんな見た目だから、その人がわたしより年上なのか年下なのか、男の子か女の子かもよくわからない。
 その人は髪をかきあげようと頭に手を添えて、ヘアバンドの存在を思い出したのか、そこで手を止めた。バカみたいなポーズだ。
「それで、ミスター『町長のギラン』、おじいさんに何か用かな?」
 町長はさっきの女の人からもらった名刺と、その人とを交互に見ては、わかりやすくたじろいでいた。でもそこは大人なので、姿勢を正して、ネクタイをきつく締め直した。それから、その人を子供と判定したのか、膝を少し曲げて、目線を合わせた。
「ええと、君はブラックさんの親戚の子なのかな? お名前は?」
 大人ってどうしてそう、子供をバカにしたような喋り方をするのだろう。
 その人は町長なんてそっちのけで、首を傾けてわたしを見ていた。ただ、目は合わない。わたしのシャツを見ているらしかった。胸元から裾にかけて、四つ葉のクローバーがたくさんプリントされているシャツ。子供っぽすぎたかな。恥ずかしくてパーカーの前を閉めた。すると、その人は残念そうに口を尖らせて、レンガの上を飛び跳ねた。そして町長の横を通り抜けてわたしの目の前まで来ると、頭突きするくらいの勢いで顔を近づけ、鼻先が触れる寸前で止めた。
 何をしても不正解に思えて、わたしは目に映るものを眺めることしかできなかった。
 その人の目は細くて真っ黒で、それが余計に、大人か子供かわからなくしていた。でも黄色い短パンの大人なんて変を通り越して不気味だから、できれば近い歳であってほしい。
 視線に落ち着かなくなって、どうにかしなければと手を差し出そうとしてみたけれど、すぐに引っ込めてしまった。
「はっ、はじめまして。わたしはソフィア・ウォーカー。向かいの家に住んでいるの。十三歳。アンタは?」
「クローバー」
 ファーストコンタクトは大失敗みたい。
「……わたしのシャツの柄、気に入らなかった?」
「ボクの苗字を探していたんだけど、うん、クローバーにしよう」
 意味不明だ。この人、ヤバい。
「苗字って……ブラックじゃないの?」
「ボクはナタリー・クローバー、夏の間だけこの家にご厄介になる予定」
 わたしが言葉を吞み込めず、瞬きを繰り返してばかりいると、その人は思い切りのけぞって、町長めがけて言い放った。ボサボサ髪がレンガを擦ってしまっている。
「引っ越しじゃあないから、手続きもいらないだろう? おじいさんのことは放っておいてくれないか」
 言い終えると、自称ナタリー・クローバーはガバッと起き上がって、変なステップを踏みながら住宅街の方へつむじ風のように行ってしまった。
 いま、何が起きたの?
 呆気にとられるわたしに、首をひねりながら町長が歩み寄ってきた。
「ソフィア、私はさっきの名刺の女性に電話をかけて話を聞いてみるから、何かわかるまであの子が変なことをしでかさないよう見張ってくれないか。町の人たちも、君が一緒にいるなら納得してくれるだろうから」
 どうするべきか迷ったけれど、町長が「お願いだ、さあ、ほら」とものすごく急かすから、走ってナタリー・クローバーを追いかけた。
 角を曲がると、『バビロン』の前で、さっそくナタリー・クローバーはタバコを吸う三人の不良たちに絡まれていた。いかにも、夏休みって感じ。
 わたしは隠れて様子をうかがうことにした。ナタリー・クローバーの背中は助けを必要としていなかった。手をポケットに突っこみ、足は肩幅に開いて、あまりにも自然体だった。
 不良たちはそれぞれ何かわめき、その内の一人が、持っていた缶ビールを投げつけた。
 ナタリー・クローバーはバレリーナのようにターンを決めて、それを避けた。それから髪をかきあげようとして、ヘアバンドに気づき、また中途半端なポーズのままケラケラ笑った。
「いきなり物をぶつけてこようだなんて野蛮だな。野良犬の方がまだ礼儀を弁えているぜ」
 笑い声はどんどん大きくなる。いつまでも笑い続けている。
『バビロン』の前は異様な雰囲気に包まれていた。
 霧、笑い声、騒音、風で転がっていく缶、カラカラと空っぽな音。その中心にいる、ナタリー・クローバー。
「なんだいガキ共っ、店の前で騒ぐんじゃないよ!」
 お店のドアが開いて、マダム・グレタが怒鳴った。大粒のツバが四方八方に飛んでいくのがわかる。不良たちはすっかりうろたえてしまい、溺れているみたいな走り方で逃げていった。
「失敬」
 ナタリー・クローバーはポケットに手を突っ込み、不良達と反対の方向に歩き出した。追いかけようと走ったら、眉間にシワを寄せているマダム・グレタに見つかってしまった。
「ちょっとソフィア、誰だいあの子は」
 このご婦人はマスカラと太すぎるアイライナーのせいで、白目がほとんど見えない。ブルーのアイシャドウも濃すぎるから、毎日がハロウィンの仮装みたい。
「今日ミスター・ブラックの家に来た子なんです。夏の間だけ町にいるみたいで」
「あらそう、服はうちで買うように言っておきな。あとあなたのお父様にも、よろしく伝えておいて」
 バチリとウインク、まつげがこすれ合う音が耳に痛い。テキトーに返事をして、ナタリー・クローバーを追いかけた。

(続きは本誌でお楽しみください。)