みすずちゃんへ
みすずちゃん、みすずちゃん、みすずちゃん!
ようやくお手紙を書けて、うれしくて何回でもお名前よびたい気分です。みすずちゃんが転校してからみすずちゃんという人はほんとうに小学校からもどこからもいなくなり、そして周りのみんなだれも、真子ちゃんもひとみちゃんも千佳ちゃんもみすずちゃんをよばなくなってしまったから、ほんとうは最初からみすずちゃんはいなかったんじゃないか、みすずちゃんはわたしの頭の中だけにいる人なんじゃないか、そんなふうに思うことがときどきあってすごくこわかったのですが、昨日の土曜日、久しぶりにお父さんお母さん二人そろって休みがとれて車でお街につれていってもらって、大きい文具屋さんで便せんをたくさん買ってもらって、こうしてお手紙書けてまたみすずちゃんの名前をよべてやっぱりみすずちゃんはわたしの頭の中だけの人じゃなかったんだってすごくほっとしています。お元気ですか、みすずちゃん。わたしはとっても元気です。
家族でお街に行くときはいつもそうしているように昨日も映画を見たのですが、『スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃』っていう映画で、お母さんが見たい見たいっていうから見たんだけど、あんまりよくわからなかったです。お母さんはスター・ウォーズの大ファンで若いころに4と5と6を何回も見て、三年前にエピソード1の公開があってわたしとお父さんもいっしょにやっぱりお街の映画館で見たらしいんだけど、いろんな人やロボットやモンスターみたいなのや宇宙船が出てきてライトセーバーっていう光る剣でたたかってたなあってことくらいしか覚えていなくて、エピソード2もやっぱりいろんな人やロボットやモンスターみたいなのや宇宙船が出てきてライトセーバーっていう光る剣でたたかってて、お母さんはなんでこの映画のシリーズがすきなんだろうって思いました。光る剣はいろんな色があって、青や緑、赤、紫、あとはレーザーもぴかぴかしていて、それは花火みたいできれいだったなあ。でもどうして123456っていう順番じゃなくて、456123なんだろう。お母さんに聞いてみたかったけどお母さんは映画館を出てからもずっと映画の主人公の役の人に夢中で聞けませんでした。
うれしかったのは映画館を出たあとお父さんが新しくできたアイスクリーム屋さんにつれていってくれて、サーティワンっていうんだけど、みすずちゃんは知ってる? ポッピングシャワーっていうのを食べたんだけど、すっごくおいしかった! キャンディーみたいなのがぱちぱちはじけて舌がちょっとひりひりしたんだけどそれがくせになるような感じで口の中がなんだかすかっとして、一回食べたらわすれられなくなるようなアイスクリームでした。そもそもあんなふうにいろんな色のアイスクリームがガラスケースの中で夢みたいにたくさんならんでいるのを見るのもはじめてで、そのアイスクリームをすくう大きなスプーンみたいなのも銀色できらきらしてアイスクリームをすくってくれた店員さんもすてきな制服を着ていて、あんなに夢みたいなところがあるんだね。サーティワン、東京ならきっとたくさんあるよね。里の駅にはバニラとフルーツ味とミックスのソフトクリームしかないからうらやましいです。もしまだ行ったことがなかったら、今度ぜひみすずちゃんもポッピングシャワーを食べてみてほしいです。それでよかったら感想を教えてください。
でもずっと東京にいるわけじゃないんだよね? 前にみすずちゃんが「うちは転きん族だからさ」って言ってたのを思い出して何のこと? ってお母さんに聞いてみたら「仕事であちこちいろんな場所に行かなきゃいけない人のことだよ」って教えてくれました。「だからまた別のところに行ったりして、もしかしたらいつかこっちに帰ってくるかもね」ってお母さんは言ってました。そうだったらいいなあと思います。いつかまたみすずちゃんと遊びたいです。わたしはいつでも待ってます。
今は午後の六時、あと三十分したらサザエさんがはじまってそれを見ながら夜ごはんです。今日はカレー。近所の安部のおじさんちの畑から今朝とれたばっかりのおすそ分けしてもらったなすのカレー。前に一回、みすずちゃんもうちでカレーを食べたことがあったよね。あれは盆おどりのときだっけ、それともおみこしのときだっけ? 今、台所のお母さんに聞いたら「草かりのときじゃないの」って言われました。そうだったっけ? 最近こんなふうに昔あったはずのことがほんとうはどうだったのかよくわからなくなるとき、わたしはきっと大切な思い出ほどこうなっちゃうのかなと思うようになりました。今までも夏休みの日記や作文で楽しかった思い出とかわすれられない思い出っていうタイトルでいろんなことを書いてきたけど、ほんとうに楽しかった思い出やわすれられない思い出はたくさん時間がたったあとでだんだんとわかってくるようなもので、でもそうやって思い出したときにはわすれているようなもので、まだ十年しか生きていないのにもう数えきれないくらい大切なことをわすれていっているような気がして、そう思うとやっぱり少しこわいような気がします。お母さんやお父さん、おじいちゃんやおばあちゃん、学校の先生や安部のおじさんや区長さんたちはわたしたちよりもっと長い時間を生きているけど、どうしているんだろう。大人になったらわすれていくことにもなれてこわくなくなるのかな?
カレーを食べてお風呂に入ったら明日の用意をして、ねたらもう学校です。明日は国語、算数、社会、音楽、体育、総合があります。みすずちゃんのところの学校の明日の授業はなんですか? 新しい学校にはどうやって行きますか? わたしは家を出たらビニールハウスや田んぼにかこまれながら歩いてしばらくしたら国道に出て、そこから歩いて、歩いて、歩いて、橋をわたって、車屋さんを通りすぎて、歩いて、歩いて、歩いて、シートベルトをしめましょうの黄色いかん板を見て、歩いて、歩いて、歩いて、保育園を通りすぎたら左の道に入って、歩いて、歩いて、公民館を通りすぎて、農協を通りすぎて、歩いて、歩いて、歩いていったらやっと小学校のかん板が見えてきて、歩いて、歩いていたら道がだんだん坂になって、のぼって、のぼって、のぼっていったら学校です。みすずちゃんとはいつも保育園の前で待ちあわせしたよね、夏休み前までずっと。ほかのみんなは反対側か小学校の向こうに家があるから、今わたしは教室につくまでだれとも会いません。
みすずちゃんが転校することは夏休み前にわかっていたのに、クラスのみんなでお別れ会もやってプレゼントもあげたのに、わたしがみすずちゃんが学校からいなくなるっていうことがどういうことなのかちゃんとわかったのは九月二日の月曜日の朝に保育園のところにみすずちゃんがいなかったときでした。
みすずちゃんの通学路には何がありますか? もうお友達ができましたか。もしかしてその子といっしょに登校していますか。
どうかわたしのことわすれないでください。
わたしもみすずちゃんのこと、ぜったいわすれません。
はなれててもわたしたち、友達だもんね。約束したもんね。これからたくさんお手紙書くね。約束するね。待っててね。みすずちゃんからのお返事も楽しみにしてます。いつまでも待ってます。
ゆりなより
(続きは本誌でお楽しみください。)