真っ白な粉がさらさらと部屋中に降りそそいだ。
講師が手を動かすたびに、まるで魔法をかけるように白い粉が舞い上がる。種麴である。
机の上に整然と並べられたトレイの中には、蒸し米が詰めてある。一時間ほどかけて甑で蒸したものだ。
「寺田さん、蒸し米の状態を確認してください」
講師に指名されて、寺田万里子はため息をついた。講師は事あるごとに万里子を指名する。完全に目を付けられているな、と思った。昔からスパルタなタイプの教師とは反りが合わない。
万里子は神妙な顔を作って前に出た。トレイの端のほうに手を入れ、親指と薬指で米粒をひねると、粒がくずれてのびた。
「大丈夫です。ひねりもの、の状態になっています」
「ひねりもの、ではなく、ひねりもと、ですよ」講師が渋い顔で言った。「蒸し米の理想的な状態のことです。テキストにも載っていますから」
「あっはい。すみませーん」
万里子は即座に言った。ひねりものでもひねりもとでも、何でもいいでしょ、というのが本音だった。最終的に美味しいお酒ができればそれでいいのだ。
「米一キロに対して種麴は一グラム。どんな種類の種麴を使ってもある程度うまくできますが、味にこだわりたい人は日本酒用の種麴を購入するようにしてください。通販でも買うことができますから」
講師を囲んだ十人ほどの生徒は、めいめい熱心にメモを取った。
この『美味しいお神酒の造りかた』講座は全五回で構成されており、受講料は五万五千円もする。だが募集を開始して半日も経たないうちに、受講枠は全て埋まってしまった。
パンフレットに以下のような宣伝文句が入っていたのも大きかっただろう。
『清々しい気持ちで新年を迎えるためには、美味しいお神酒が不可欠です。最近は、高いお金を出して市販のものを買うという人も増えてきました。ですが、愛情をこめて手作りするからこそ、家族の無病息災を願う気持ちが通じるのです。なにより、家庭の味、お母さんの味を思い出すとき、人は優しい気持ちになるものです。皆さんも母の味、祖母の味を覚えていることでしょう。面倒だから、できないからと諦めず、今年はきちんと、手作りのお神酒に挑戦しましょう』
鬱陶しい煽り文句には反吐が出そうだった。
いつだったか、帰国子女のタレントが「お酒はお店で買ったほうが美味しい」と言って炎上したことがある。万里子は彼女に喝采を送りたかった。
市販の酒のほうが美味しいに決まっている。最新の設備を使ってプロが造るのだ。家庭で素人があれこれ工夫したくらいで超えられるわけがない。万里子は市販の酒しか飲まない。自分で造るのは面倒だ。造ってまで飲みたいとは思わなかった。
万里子の実家はもっぱらビール派である。家族でビールを造るのは毎年の恒例行事だったが、父と二人の兄が張り切って先導をとっていた。末っ子の万里子は「試飲係」などと称して、面倒な作業から逃げることが許されていた。
それなのに、どうしてこんなことになったのだろう。
万里子はため息を重ねた。
夫の達樹とは婚活パーティで出会った。長身で甘いルックス、朗らかな性格にまず惹かれた。だが一番気に入ったのは、プロフィールシート「飲酒」欄で「好まない」が選択されていたことだ。
酒好きの男と結婚すると、酒造りが大変だと聞く。なるべく酒を飲まない男と結婚しようと決めていた。自分のプロフィールシート「得意な醸造は?」欄には「ビール他」と小さく書いていた。実際は、ビールすら満足に造れないし、他の酒に至っては造ったことがなかった。
専業主婦になる以上、料理と酒造りくらいできないと立場がない。けれども料理にも手間どる万里子にとって、酒造りまでやらされるのは耐えられなかった。料理のほうは何とかするから、酒造りのほうは免除してもらおうと思っていた。
それなのに─。
義母の照子の甘ったるい声を思い出すと腹が立つ。
「お正月にはこっちにいらっしゃるんでしょ? 日本酒を造ってきてくれないかしら。うちの人が飲みたがっているんだけど、私は身体が言うことを聞かないし」
照子は弱々しく言った。元々身体が弱い人だというのは知っていたが、白々しいと思った。哀れっぽさを演出しているのだ。
万里子はよっぽど「造れないなら、市販のものを買えばいいんじゃないですか?」と言ってやりたかった。だがそんなことを言うと、こっちが悪者みたいになる。非常識な嫁として陰口を叩かれてもおかしくない。
市販の酒しか飲まない万里子も、そのことを人に言いふらしたりはしない。三十を過ぎて酒造りも満足にできない女を、世間は冷酷に見下してくるからだ。二十歳まで酒を飲むなというくせに、成人した途端、酒造りは最低限のスキルのような扱いになるのだから理不尽である。
今までやらなかっただけで、やろうと思えば酒造りもできるはずだ。
正月まで二カ月を切っている。『美味しいお神酒の造りかた』講座は、渡りに船だった。
「それでは、蒸し米のトレイを帆布で包んで、保温器に入れてください」
講師の指示を受け、万里子は帆布の端を指先でつまんで広げた。使い古されて黄味がかった帆布は、潔癖ぎみの万里子には汚らしく感じられた。
両手でトレイを持ち上げる。三キロ以上の蒸し米が入っている。腰を使っても少しよろめいた。ざっと帆布で包むと、講師が近寄ってきて無言で手を伸ばした。
万里子が包んだものをほどいて、綺麗に包みなおす。
「すみません、ありがとうございます」
万里子が頭を下げると、講師は低い声で言った。
「あなた、ちょっと雑ね。包み方、おうちで習わなかったのかしら」
「うちはビール派なんです。泡が出ないと飲んだって気がしませんから」
「あら、最近はスパークリング日本酒もありますから。そちらを造る講座にも参加なさったら?」
講師は表情ひとつ変えず言った。
女同士の言い争いは百戦錬磨だとでも言わんばかりの余裕が感じられる。こんな女がいる家に嫁に行かなくてよかったと内心安堵した。
トレイを持った生徒たちは保温器の前に列を作った。一人ずつトレイを差し入れていく。
保温器は人の背ほどの高さがある。列の後ろのほうの万里子には、上方の段しか残されていない。二の腕の筋肉がぴくぴくするのを感じながら、トレイを掲げて保温器に入れる。
講師は保温器の扉を閉めて、にっこり笑った。
「はい、ここまでくれば後は楽ちんです。四時間おきに保温器からトレイを出して、しゃもじで攪拌しましょう。四十八時間で、麴の完成です。温度は四十度以上にならないように注意してください。四十度を超えた場合は追加で攪拌して熱をとります」
万里子は頭がくらくらした。
四時間ごとの攪拌を十二回、四十八時間もするのか。
それが楽ちんだって?
信じられないと思った。
だが周囲を見渡しても、驚きの表情を浮かべている者はいない。
ほとんどの生徒は、神妙な顔でメモをとっている。参加しているのは全員女性だ。土日のクラスでは、三割くらいが男性だと聞くが、平日クラスの参加者は主婦ばかりになる。
生徒の群れから一歩離れたところに、一花が立っていた。
地味な紺色のワンピースを着ている。その上からこれまた地味な茶色のエプロンをつけていた。ワンピースの下で泳ぐ華奢な身体をエプロンの紐でむりやり縛っているように見えた。
万里子の視線に気づいたのだろう。一花は万里子のほうを見ると、曖昧に微笑んだ。
一花はいつも、申し訳なさそうに笑う。それが彼女のチャームポイントともいえる。いかにも無害そうで相手を油断させる力がある。でも無性に、その笑顔を腹立たしく感じることもある。めちゃくちゃに虐めて、泣き顔を見てみたいという残虐な空想が広がる。
どんなことをされても、一花は曖昧に笑うだけだ。現に、夫から殴る蹴るの暴行を受けているのに、ふにゃふにゃと笑ってやりすごしている。それを見て、夫はさらに殴るそうだ。申し訳ないけど、万里子は夫のほうに共感した。
「それでは」講師が声を張り上げた。「本日の授業は以上となります。今回皆さんが学んだ麴造りは日本酒の根幹ですから、しっかり復習してください。来週、第四回目の授業ではついに、乳酸と酵母を使って酒母造りに入っていきます」
授業が終わると、参加者たちはいくつかのグループに分かれて雑談を始めた。一花が万里子に駆け寄ってきた。
近くの喫茶店に連れ立って入る。いつもの流れだった。
「ごめんね。万里子ちゃん、忙しいのに。私なんかに付き合ってもらって」
「別に謝ることないでしょ」
万里子はいらいらしながら言った。
一花は自分にしか興味がない。ごめんね、ごめんねといつも謝るのも、自分を守るためだ。謝りすぎると相手に気を遣わせるということすら分かっていない。
いや、むしろ全て分かっていて、あえて謝っているのかもしれない。弱々しく振舞うことでこちらを支配しようとするのは、義母の照子と一緒だ。
一花の指には絆創膏が貼られていた。一枚ではない。右手親指に一枚、左手人差し指、中指に一枚ずつ、計三枚だ。
「それ、どうしたの?」
「あっ」一花は両手を隠すように机の下に引っ込めた。「なんでもないの」
「もう見えてるから。隠したって仕方ないでしょ」
呆れながら万里子は言った。
「でも、これは本当、なんでもないの。私ドジだから、昨日カボチャを切ってるときに、怪我しちゃっただけで」
「なんでカボチャなんて切るの?」
「えっ、だってトモ君が」
トモ君というのは、一花の夫である。一花は万里子に輪をかけて料理が下手だ。それを毎日食べさせられているトモ君には同情を禁じ得ない。
「カボチャが入ってないと味噌汁じゃないって言うから」
「カットされたカボチャ、スーパーで売ってるじゃん。あれを買ってくればいいでしょ」
万里子に至っては、味噌汁を作ったことがない。
いつもインスタントのもので済ませているが、夫の達樹は許してくれている。達樹は味オンチだし、万里子以上に大雑把だからだ。
「一回買って、使ってみたけど、『お前がこんなに上手くカボチャを切れるはずがない』って、トモ君にバレちゃって、殴られたから……」
一花は目に涙をためて、肩を小刻みに震わせた。
「私ほら、実家も崩壊してるし、家事とか料理とか酒造りとか、普通なら自然とできること、何もできないからさ……」
万里子は黙ってコーヒーをすすった。ほろ苦い味が口いっぱいに広がる。鼻を抜けるかすかな酸味が不快だった。
一花の愚痴がまた始まった、と思った。他の人は恵まれているから何でもできる。自分は恵まれていないから何もできない。一花が好んで語るストーリーだ。
「家事も料理も酒造りも、自然とできるようになるわけ、ないじゃん。トモ君だって何もできないでしょ」
「トモ君は男の人だから話が違うよ」
一花は女子高時代の同級生だ。所属しているグループが違ったから、当時は仲良くなかった。卒業後、同級生たちと何度か集まっているうちに一花とも話すようになり、距離が縮まった。
他の友人たちは仕事があったり、子供がいたりして、忙しい。子供のいない専業主婦の万里子に付き合ってくれるのは一花だけだった。ネガティブ思考の一花は、一緒にいると疲れる。けれども一人でいるよりはマシだった。いつ誘っても、一花は「行く」と言ってついてくる。
一花の実家はヤバい、というのは聞いたことがあった。何がヤバいのかは知らない。お父さんは服役しているとか、お母さんはアルコール依存症だとか、いろんな噂が流れていたが、本当のところは分からない。一花も苦労を匂わせるだけで、具体的なことは何も話さない。
なんだかんだで一花は頑固なのだ。誰にも彼にも愚痴を言い、不幸を匂わせておきながら、不幸から逃げようとはしない。むしろ不幸に飛び込んでいっているようにも見える。
トモ君は結婚前からDVやモラハラを繰り返していた。そんな男、やめておけばいいのにと万里子は思う。だが一花は、「こんな私を必要としてくれる人だから」と思って、結婚したのだそうだ。
「私、お酒もまともに造れないから……最近は毎日練習してるんだけど、なかなか上手くいかなくて……」
精米所で精米した米を一時間かけて丁寧に手洗いし、さらに一時間かけて蒸し器で蒸す。ここまでは一花でも失敗しないらしい。
だが一花が使っている安物の製麴器では、どうしても麴造りが上手くいかないのだ。四時間おきの攪拌は律儀に守っている。けれども、どこかのタイミングで温度が上がりすぎて、麴菌の生育が均一でなくなってしまう。
「四時間おきの攪拌なんて、やってられないよ」万里子が手のひらを振りながら言った。「棒印の製麴器を使えばいいじゃん。攪拌機能がついているから、蒸し米を入れたらそれでおしまい。四十八時間放っておけばいいの」
「でもあれ、五万円くらいするでしょ。うち、お財布は全部トモ君が握ってるから、とてもじゃないけど買えなくて」
「えっ、じゃあ、今受けてる講座の受講料はどうしたの?」
「独身時代のへそくりから出したけど、それでへそくりも使い切っちゃって」
万里子はため息を重ねた。この講座に参加するくらいなら、棒印の製麴器を買ったほうがいい。それなのに、この講座に来ることを決めてしまったのは、万里子が誘ったからに違いない。どうして一花は、こうも愚かしいのだろう。
喫茶店のドアが開いて、女性客が三人入ってきた。冷たい外気が店内に流れ込む。秋の深まりを感じるにつれ、年末年始が近づいていることを突きつけられる。
一花に構っている暇はなかった。万里子は万里子で、酒を造れるようになる必要がある。
「元気出しなよ」万里子が笑いかけた。「市販の日本酒を出したって、案外トモ君も気づかないかもよ」
空虚な慰めを口にした。カボチャが上手く切れただけで一花を疑う男だ。市販の酒が出てきたらすぐ気づくに決まっている。
それに、最近は酒税がどんどん上がっていて、市販のお酒は一升で数万円する。買い求める余裕は一花にはないはずだ。
「まあ、もう少し頑張ってみるよ」
一花は笑顔を浮かべた。いつもの、申し訳なさそうな笑みだった。
日本で禁酒法が施行されたのは、戦後すぐのことだった。GHQの主導によるものだ。
戦前の米国では、禁酒法を断行して失敗している。粗悪な密造酒が流通して健康被害が生じたほか、酒の闇取引はマフィアの大きな収益源となった。
理想主義的なGHQ民政局の官僚たちは、日本を実験場に禁酒を実現しようとした。本国での失敗を経てなお、禁酒の夢を諦めていなかったのだ。
勤勉な日本国民なら、禁酒が実現するかもしれない。理想的な民主国家の樹立のためには、国民の冷静な判断能力が必要不可欠である。有害なアルコールを断ったクリーンな国づくりを、彼らは目指していた。
酒の製造と販売は原則として禁止された。
例外は一つだけ、調査研究目的での酒造だ。商業ではなく、アルコールを科学的に調査研究するための酒造である。商業用ではない以上、大量生産は認められない。
酒造メーカーはほとんど倒産してしまった。生き残った一部の酒造メーカーも、「蒸留酒研究所」や「醸造酒研究所」などと名称を改めて、細々と酒を造るのが精いっぱいだった。出来上がった酒は廃棄せず販売してもよいことになっている。生産量の限られた「調査酒」の価格は高騰し、庶民が手に入れるのはまず困難となった。
誰もが予想することだが、こっそり自家醸造する家庭が急増した。もちろん違法だが、自家醸造は半ば公然と認められるようになる。何と言っても、取り締まる側の役人たちだって、家に帰れば女房が造った酒で晩酌していたのである。
昭倭二十五年の流行語大賞には「家庭の晩酌、嫁さん次第」「男の肝臓をつかめ」がノミネートされている。各地域、各家庭では秘伝のレシピが開発された。「あなたのレシピ教えてください」という雑誌の企画には、全国から五万三千通もの応募があった。レシピコンテストで優勝した徳島県在住の村山サダ(当時七十三歳)は一躍時の人になり、著書『サダばあちゃんの美味しいどぶろく造り』は二十万部超のベストセラーになった。
転機が訪れたのは、昭倭三十二年のことだ。
凪宣彦内閣が成立し、翌年、禁酒法が廃止された。
凪首相は酒蔵の息子だった。反米保守の思想もあいまって、日本古来の伝統である酒造りを復興することを党是としていた。
護送船団方式により酒造メーカーは次々と復活していく。海外への輸出量が増え、無形文化遺産への登録を目指して、国策として酒造りが進められた。
他方で、家庭での醸造は引き続き認められた。昭倭二十七年に発出された「酒税法及び酒類行政関係法令等解釈通達」、いわゆる「どぶろく通達」による措置だ。
酒造りには地域の味、家庭の味が反映されている。古き善き伝統として、次世代に引きつぐべき美徳とされたのだった。
万里子も、母方の祖母が造る日本酒の味を覚えていた。
(続きは本誌でお楽しみください。)