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物語を愛するすべてのひとたちへ-小説すばる

塞王の楯

著:今村翔吾

発売日:21.10.26
定価:2,200円(税込)

乱世と泰平を繋ぐ者たち

 スケジュール的にかなりきついことになるだろうなと思いつつも、私がこの書評の仕事を受けたのは、今村翔吾の新作を少しでもはやく読みたいという、至極まっとうな理由からだった。


 題名にある〝塞王〟とは、戦国の石垣造りを生業とする穴太衆が信奉している道祖神「塞の神」のこと。この神は、人が死んだ時に訪れるという「賽の河原」を守る神とも同一視される。時は乱世である。落ちぬ城をつくるために石垣を積む穴太衆は「賽の河原の子を思い、現で石を積む」。すなわち、守ることを旨とする彼らの思いを体現化したものであったといわねばならない。


 主人公の匡介は、越前一乗谷落城の折、父母と妹を失い、逃げる途中に穴太衆は飛田屋の頭である源斎に助けられる。匡介の石の目を見る才能(本人は石の声を聞くといっている)を見出した源斎は、その類稀な力量に惚れ込み、周囲も後継者と目するようになる。


 匡介は、喧嘩相手で良き理解者である玲次との会話の中で、自分たちが石を積むのは「戦と関わりのない民を守る」ためだといい、さらにその先に「泰平」の世を望んでいることを明かす。すなわち、「世の戦を絶えさせたい」、そして「(戦い合う)両陣営が決して落ちない城を持てば、互いに手出しが出来ない。そして世の全ての城がそうなれば……」、「戦は絶える」と理想を説く。


 が、世の中には、匡介らとまったく別の方法で戦を終わらせようとする者たちがいる。


「あいつらは人を殺すことだけしか考えてねえ」と匡介は憎々し気にいう。


〝あいつら〟とは、国友衆の鉄砲職人たちである。その中でも匡介の前に立ちはだかるのは、次期頭目で国友衆きっての鬼才といわれる国友彦九郎である。そして匡介は、彦九郎の「二度と戦が起こらない世を作りたい。そう思っているから俺は(鉄砲を)作るのよ」という台詞に愕然とする。


 もしこの世に一日で百万の兵を殺せる化物のような砲があれば、もしその砲を使えば、明日は己へ向く報いを受ける。使われてもそれは一度だけ―その大量殺伐を乗り越え、人は自らの愚かさを悟る。「使わない砲」と「落ちない城」のどちらが戦のある世を長引かせて来たのか。物語は次第にこの両者の対決へとしぼられていく。


 その対決の舞台となるのが、琵琶湖畔にある京極高次の居城、大津城だが、私はここに至り、蛍大名の汚名にまみれた高次の男の器量を描く作家の腕にすっかり惚れ込んでしまった。


 高次はいう―「儂は見知った者が死ぬのが辛くてな」「皆にも生きて欲しい。儂も死にたくない。大切な者と共に生きたいのだ。たとえ愚将の誹りを受けようとも」と。


 正しく匡介と志すところはひとつ。


 さらにいう―「京極家は内府(徳川家康)の味方ではない。大津の民の味方よ。決してこの地を戦場にはせぬ」と。


 一方、この城を何としても落とさんとする毛利元康は、国友衆に鉄砲作りを依頼。彦九郎は飛田屋を叩き潰すと宣言する。


 こうして〝最強の楯〟と〝至高の矛〟の対決が迫る中、源斎は亡き豊臣秀吉との約定に従い、最後の仕事へ―。


 その時の源斎が登場するくだりが印象的だ。


 これからの時代に俺の居場所はない、という源斎。石垣を積む技とは人を守り、泰平を築く技。長い泰平が訪れれば、その技をふるう機会も失ってしまう。つまり、穴太の職人とは、「―自らがいらない世を、自らの手で築こうとする」矛盾した存在なのである。しかし源斎は、匡介のことを、「お前は違う。乱世と泰平を繋ぐ石垣だ」という。


 そして物語のクライマックス、京極対毛利の戦いは息づまる展開を見せ、尾花川口の凄まじいまでの戦いを経て、〝塞王の楯〟の真実の意味が明らかにされるまで、読者は至福の時間を過ごされるに違いない。


 では何故、今村翔吾はかくも苛烈なる戦国小説を世に問うのか。


 ここで思い起こしていただきたいのが、先に少し引用した匡介と玲次の会話である。匡介は玲次の「その(命を守った)先、何を守るものがある」の答えとして「泰平を」といっているのだ。


『戦争と平和』を書いたトルストイの昔から、優れた一団の作家たちは、祈りにも似た思いで、〝世の中から戦争をなくすために〟作品を書いてきた。


 決して大げさではない。


〝穴太衆〟と〝国友衆〟―究極の二集団を描いた本書には、正にそうした思いがこめられてはいないだろうか。私にはそう思えてならないのである。

Writing

縄田一男(なわた・かずお)
文芸評論家、アンソロジスト。1958年、東京都生まれ。歴史・時代小説を中心に文芸評論、書評を数多く手がける。編著に『志に死す 人情時代小説傑作選』、『時代小説アンソロジー 春はやて』などがある。近刊に『時代小説の戦後史』(仮題)。

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