close

物語を愛するすべてのひとたちへ-小説すばる

フェイクフィクション

著:誉田哲也

発売日:2021.11.5
定価:1,870円(税込)

加速する〝不自然〟と〝不安定〟の行方

 誉田哲也という作家を、『武士道シックスティーン』の青春小説作家であるとか、あるいは『妖の華』の伝奇ノベル作家としてではなく、警察小説の書き手として認識されている方も多かろう。長期間続いている《ジウ》サーガや、《姫川玲子》シリーズが人気を博している状況を考えると、それも自然なことだ。


 そして本書『フェイクフィクション』も警察小説として幕を開ける。


 鵜飼道弘。五日市警察署の刑事生活安全組織犯罪対策課(刑生組対課)の警部補だ。そろそろ五十歳になる刑生組対課の強行犯捜査係の係長だ。今回彼が担当することになったのは、西多摩郡の路上で発見された首なし死体の捜査だった。鵜飼は、警視庁捜査一課の梶浦主任とコンビを組むことになる。梶浦は、かつて一緒に働いたこともある先輩で、優秀な刑事だった……。


 という具合に、『フェイクフィクション』の書き出しは、たしかに警察小説のそれである。だが、冒頭から三十頁ほども読み進むと、読者はそこに居心地の悪い不自然さが含まれていることに気付かされる。鵜飼が、なにか秘密を持っているらしいのだ。こそこそと電話を掛けたり、先輩からの質問をはぐらかしたり、と。視点人物でありながらも、鵜飼は、読者として身を委ねるには不安な仕草を繰り返すのである。鵜飼と梶浦のコンビが成果をあげる姿も確かに描かれるのだが―総勢四十七人の特捜本部のなかでも彼等は顕著な貢献を果たすのである―読者としては、ありきたりの警察小説ではないことを意識しながら読み進むことになる。この鵜飼の姿勢が読み手にもたらす〝不安定感〟は、実のところ相当に刺激的で、複雑な味わいの読書を愉しませてくれる。是非とも体感戴きたい。


 そして、そこに早々に別のストーリーが入ってくる。プロのキックボクサーとして十一連勝したものの十二戦目のKO負けの際に負傷し、二十四歳で引退した河野潤平の物語である。現在二十九歳の潤平は、製餡所で働いている。全部で四人という小さな工場だ。そこに、新たな従業員として有川美祈が加わった。十九歳の彼女に好意を抱いた潤平は、彼女を遊園地や食事に誘うのだが……。


 こちらは恋愛小説、もしくは青春小説である。だが、こちらも鵜飼のパート同様、違和感が含まれている。美祈の応答がどうにも不自然なのだ。さらに、彼女の行動も通常とかけ離れていることに、潤平は徐々に気付いていく。そしてそれとともに、読者の心もまた強く掴まれてしまい、潤平のパートからも逃れられなくなってしまうのだ。


 さらにもう一つ、唐津というヤクザの視点からの語りも混じってくる。新興宗教「サダイの家」の総本部長からの依頼で、なにやら裏仕事をしているらしい。


 これら三つのパートを切り替えながら『フェイクフィクション』は進んでいく。鵜飼のパートでは捜査の進展とともに鵜飼の不自然な行動がさらに加速する様が描かれ、唐津のパートは序盤ではあまり動きがなく、もっぱら唐津の日常と回想が描かれている。その一方で潤平のパートはどんどん変容し、サスペンスを増していく。変容した潤平パートでは、暴力行為が描かれたり、その襲撃者の意外な狙いが明かされたりと、強烈な刺激が次々と読者を襲うのだ。いやいや、なんとも愉しい読書体験である。


 そうやって読み進んでいくうちに、読者は、本書に宿る不穏な空気に呑み込まれていく。そして、その空気を醸し出している「サダイの家」についての理解を深めていくのだ。誉田哲也は、本書において、いくつもの側面からこの宗教団体を描いている。教祖となる者、その地位を継承する者、宗教を利用する者、信仰する者、信仰せざるを得なかった者、信仰した者の家族。この宗教団体は、鵜飼や潤平や唐津の視点を通じて多面的に腑分けされ、その救いも愚かさも怖さも、すべてが生々しく伝わってくる。結果として読者は実感するのだ。そうした登場人物たちの心が、非正規雇用者も小中高生の自殺も過去最多を記録する現代日本に巣くう不安や不安定を象徴しているのだと。本書は、まさに現代と共鳴する小説なのである。


 『フェイクフィクション』においては、鵜飼も潤平も唐津も、さらに彼等を通じて描かれる各パートも、いずれも強烈に存在感を放ちながら、絶妙のバランスで共存している。後半では、それぞれのパートが合流し、さらに復讐者や殺人マシーンにされた人物なども登場し、それぞれの悲哀を語りつつ結末に向かって突っ走っていく。その迫力たるや圧巻。もちろん序盤で示された鵜飼や美祈の不自然さの真実も結末までに明かされており、不満など欠片も残らない。満足必至のエンターテインメントであり、同時にしっかりと問題意識を抱かせる小説である。多くの人に読まれるべき一冊だ。

Writing

村上貴史(むらかみ・たかし)
書評家。1964年、東京都生まれ。ミステリーを中心に、幅広いジャンルの書評を手がける。著作に『ミステリアス・ジャム・セッション』(作家インタビュー集)、『刑事という生き方』(編著)などがある。

top