close

物語を愛するすべてのひとたちへ-小説すばる

アクティベイター

著:冲方丁

発売日:2020.1.26
定価:2,090円(税込)

格闘に心理戦、身体駆使し無双する快楽

1976年、ソ連の軍人が戦闘機MIG-25で函館空港に亡命のため着陸した「ベレンコ中尉亡命事件」。史的事件の舞台を現代日本、亡命役は中国軍の最新鋭爆撃機とその美人パイロットに置き換えたと言えるのが本作だ。


事件解決に奔走するのはダブル主人公。表向きは警備会社社員だが特殊部隊を渡り歩いてきた格闘術の達人・真丈太一と、その義弟で警察庁の切れ者官僚、鶴来誉士郎。省庁、ひいては国家間をまたぐ暗闘の裏に潜む、亡命劇よりさらにスケールの大きな真の謀略にこの2人が迫る。


 本作は敵側の刺客たちと肉弾戦を繰り広げる真丈と、捜査指揮官として〝心理戦〟を担う鶴来の一種のバディ物。「中国軍機が突然亡命してきたら今の日本政府はどう対応するか」といったリアルな政治劇も楽しい。だが一番強烈なのは、超能力もSF的な武器も持たない彼らの痛快な活躍だろう。


 路上や乗客のいる電車内など多様なシチュエーションで、武装した大人数の敵を単独で無力化・撃破する真丈。「元・特殊部隊の精鋭」という設定でも流石にこんな大立ち回りは非現実的なんじゃ、と思わせないのは著者の筆致あればこそ。人間の肉体反応、地形などに合わせて詰め将棋のように瞬時に攻防を切り替え、最短最適の動作で迎え撃つ。巧みでロジカルな〝肉体言語〟の説明が戦闘のたびに披露され、まさに力ずくで納得させられてしまう。


 もう一人の鶴来は基本的に現場でなく室内で、観察眼や弁舌を用いて戦う。事件解決のため集まったが明らかに味方と思えない他省庁幹部との腹芸合戦、取り調べでの容疑者とのせめぎ合い。真丈のように直接拳は振るわないものの、巧みに本音を隠した上での役者張りの演技や〝口撃〟で部下も敵も出し抜き、支配下に置く。彼の戦法もまた、ある意味で身体を駆使した〝理詰めによる無双〟の快楽に溢れている。


 肉体改造された戦闘美少女が活躍する『マルドゥック・スクランブル』を始め、著者は身体性にフォーカスしたSF作品で名高い。本作の骨格はスパイ・アクションだが、2人の縦横無尽な活躍や展開もすんなりと楽しめる背景には、こうした外連味たっぷりかつ丁寧な身体性描写があると言える。


 バディ物と書いたが、この2人はほとんど顔を合わせず携帯電話で連絡を取り合う(むしろ一緒に行動するのは真丈とヒロイン)。いかにも厳つそうな2人の男が「〇〇殿」などとかしこまってメールし、内心で相手を思いやっているのはちょっと可愛らしい。「身体の距離は離れていても心で、信頼と正義感で繋がっている」彼らの関係。別にBLという訳ではないけれど、とてもエモかったです。

Writing

ハコオトコ
東京都生まれ、ライター・編集者。日本経済新聞社で記者職を経験後、現職。朝日新聞社系の読書サイト「好書好日」などで執筆。専門は経済・サブカル。

top