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物語を愛するすべてのひとたちへ-小説すばる

2021年6月号 小説すばる

【新連載】
池井戸潤
「ハヤブサ消防団」

  第一章 桜屋敷

 満天の星が、静かに、音もなく動いている。

 どれだけ眺めても、見飽きることのない夜空だ。東京で、ここまで澄んだ空を見ることはない。

 星々は透き通った天空の箱にちりばめられ、生命を宿しているかのように瞬いている。

 木々を揺らし、早春の冷たい風が首筋を撫でても、三馬太郎は二階のデッキから空を見上げることをやめようとはしなかった。

 太郎がハヤブサ地区に越してきたのは、ついひと月ほど前のことである。

 ここは中部地方にあるU県S郡の、山々に囲まれた八百万町。「八百万」はヤオヨロズではなく、少々訛ってヤオロズと読む。

 この町にある六つの地区のうち、標高五百メートルの高原にあるのが、この「ハヤブサ地区」であった。

 昨春。太郎がここを訪れたのは実に数十年ぶりであった。書きかけの小説の取材のため隣県を訪れたついでに、ふと思い立ってこの町まで足を延ばしたのである。取材先から高速道路を使って一時間ほどのドライブだった。

 そしてあろうことか太郎は、この山村の底知れぬ魅力にやられてしまったのである。

 輝くばかりに美しい緑。立ち寄った「道の駅」で触れた、地元のひとたちとの素朴な交流。快晴の空を見上げれば悠々とトンビが舞い、針葉樹林の向こうにはゴルフ場も見える。乾いた草にかすかな土の匂いが入り交じり、時折、どこかにあるらしい牛小屋の匂いが一筋漂うのも気に入った。

 太郎が、ミステリ作家への登竜門といわれる明智小五郎賞を受賞したのは三十歳のときであった。いまから五年前である。受賞作の『地獄門』は世間から隔絶された僻村で起きる不可思議な連続殺人事件を描いたミステリ小説で、選考会では「横溝正史の再来」と絶賛され、持ち上げられた。

 久々の大型新人として文芸界の衆望を浴び、華々しく作家デビューした太郎は、それと同時に、それまで勤めていた編集プロダクションの職を辞した。激務で薄給。低位安定に甘んじても将来がないと決断したのである。

 満を持して、太郎が二作目の『カナンの東』を発表したのは、受賞した翌年のことだ。

 国際的スケールで展開する策謀の世界は、出版当初こそ斯界の評論家たちによって絶賛されたものの、売れ行きはパッとしなかった。「ひとりよがり」「さっぱりおもしろくない」「読むだけ時間の無駄」「この作家の本は二度と買わない」─ネットには酷評のコメントがあふれかえり、本来楽天的な性格の太郎もさすがにへこんだ。

 それでも年一作のペースで書き続けることができたのは、書かなければ食えないという差し迫った事情によるところが大きい。

 とはいえ初版の部数は出すたびに削られ、昨年上梓した四作目はついに、デビュー作の三分の一以下になった。作家として食っていけるのは、小説誌の連載があるからだが、如何せん、出版不況のご時世である。売れない作家などいつ連載打ち切りの憂き目を見るかも知れないし、そもそも小説誌そのものが廃刊になる可能性すらある。

 この数年、太郎が直面してきたのは、食うための現実であった。そのために、新宿通り沿いにある1LDKの賃貸マンションで、太郎はいつも苦闘を続けていた。あまりに気を張って書いていて、いつのまにか神経を消耗させ、疲れ切っていたことにすら気づかなかった。

 それが、取材ついでに立ち寄ったこのハヤブサ地区に来たとたん、いかに自分が疲労困憊していたか、わかってしまったのだ。

 もしかするとそれは、生来、太郎の中に流れている「血」が呼び寄せた感覚─それは覚醒といっていいほどであったが─かも知れなかった。

 あのとき─。

「あの、野々山という家を探しているんですが」

 太郎は歩いているお婆さんを見つけると、三年落ちのカローラを道ばたに停めて声をかけた。野々山は、太郎の父方の姓である。

 左右両側に茶畑が広がる場所で、土手一杯にタンポポが群生している。これから農作業に出かけるところなのだろう、軍手をした手に鎌を持ち、モンペ姿のお婆さんは、少し不思議そうな目を太郎に向けた。

「野々山は何軒かあるけど……」

「野々山勝夫です」

「ああ、勝夫さんとこですか」

「たしか、この辺りだと思ったんですが」

 勝夫は、太郎の父の名である。といっても、父と母は、太郎が小学生のときに離婚して、太郎は母の旧姓であった「三馬」と改姓して母に引き取られて育った。その父が亡くなったのは、ちょうど太郎が明智小五郎賞を受賞する前の年のことだ。ハヤブサ地区にある父の実家には、小学校低学年の頃に来て以来、足が遠のいていた。

「あんた、誰やね」

 お婆さんがきいた。

「勝夫の息子です」

「ああ、息子さん。こんな立派な息子さんがおられたか」

 お婆さんは銀歯の見える歯を見せると、「勝夫さんは元気かね」、ときいた。

「六年前に亡くなりました」

「あらま」

 お婆さんは目を丸くすると、「そりゃ、気の毒なことやったね」、といった。

「なんで亡くなりゃあた」

「がんで。膵臓がんでした。見つかってからは三ヶ月ぐらいで。この辺りは小学校の頃に来ただけなんで、どの家だったかうろ覚えで……」

「遊びにこないたかね」

「仕事で近くにきたもんですから」

 太郎は根気よく説明した。「長いことご無沙汰してたんですが、父の実家に寄ってみようと思いまして。住所はわかるんですが、どの家かよくわからないんです」

 田舎のことで、見回しても番地を書いたものは何もない。しかもその番地ときたら、「三千何番のいくつ」、といった具合でカーナビにも入らない。

「ああ、そうやったかね。勝夫さんとこなら、この先の郵便局を過ぎて、右の道を上がった突き当たりやけど」

 そういえば、郵便局があったような気がする。「その向こうにもうひとつ用水池があるけど、そこまで行ったら行き過ぎやでね」

「ありがとうございます」

 太郎は再びクルマを出した。木立に囲まれた坂を下ると右手に小さな木造平屋の建物が見えてきて、「ああ」、と思わず声を出した。

 幼い頃、祖父に手を引かれて郵便を出しに行ったときの記憶が蘇ったからだ。だが、建物の前まで来てみるとそこに人影はなく、木の壁のペンキは無残に剝げ落ち、廃屋となっているのがわかった。前にぽつんと置かれた郵便ポストだけがいまでも現役らしく、何十年もの歳月の経過を物語っている。

 その郵便ポストを見た途端、どういうわけか、激しい感情のうねりが、太郎の胸を塗りつぶした。過去への憧憬とでもいったらいいだろうか。

 太郎は見えない手に導かれるように、坂道を上っていった。柿の木、茶畑。大きな山桜の木。そして、

「……あった」

 ぼそりと太郎はつぶやいた。

 遥か彼方から浮かび上がってきた記憶が、眼前に広がる光景によって塗り替えられていく。

 入母屋造りの屋根、ちょうど三角形の屋根のひさしの下には、くす玉のようなキイロスズメバチの巣があった。酒蔵にぶら下がる杉玉のような形をしている。

〝ハヤブサ〟の家がまだ残されていることを聞いたのは、父の葬儀のあとであった。

 その家に行ったのは、まだ祖父母が生きていた小学校低学年の頃で、その後、祖父母が相次いで亡くなると父だけがたまに墓参りに行く程度になり、さらに両親が別れた後は、朽ちていく記憶の中だけの存在になっていた。

 そしてこの家が太郎に遺されたことも、父が頼んでいた弁護士から同時に知らされた。大した額ではないものの、相続すれば固定資産税もかかる。幾ばくかのものだが、実際太郎は、それを支払っていた。家はいつか売ろうと思ってはいたものの、目先の仕事の忙しさにかまけて先延ばしにしてきたというのが実際のところだ。

 坂道の途中に、消えかかった字で「ここから私道」の看板が出ている。

 構わず通り過ぎると、簡易舗装の道路は、広い庭のある母屋の前まで続いて、そこで行き止まりになっていた。

 車庫前のスペースに停め、エンジンを切ってクルマを降りた。

 静かだ。

 都会なら真夜中でもどこかでなにかの物音がしている。降り積もるように。ところがここにはそれがない。そよぐ風が木の枝を揺らす音だけが明瞭に届く。

 そして、なんだろう、この香ばしいほどの自然の匂いは。思わず首をすくめ、目を閉じて深呼吸したくなるほどだ。

 こんな素敵な場所だったろうか、と太郎は訝しんだ。記憶は薄れ、いまや祖父母どころか当時の父の面影すらおぼろなのが悲しい。

 太郎は改めて、築五十年は経っていそうな家を眺めた。

 大家族でも住めそうな、二階建ての木造家屋である。

 雑草が生え、玄関には枯れ葉がつもっている。雨戸は閉め切られたままで、もう何年も開けられていないはずだ。

 家の姿は過去の記憶と同じであるが、違っているところもあった。

 二階の一部が改装され、洗濯干し場のようなデッキが作られていたことだ。

 それは多分、父の趣味だろう。父は風流な人で、俳句を詠んだり能楽に打ち込んだりしただけでなく、天体観測や写真までも趣味にしていた。おそらく、実家の一部を改装して、星空を見上げたり、鳥の写真を撮ったりしていたのではないか。小説こそ書きはしなかったものの、親子だけあって、太郎と一脈通じるものがある。

 しばし眺めていた太郎は、思い切って玄関の戸に手をかけてみた。和風の引き戸だ。

 当然のことだが、閉まっている。

 クルマに戻り、バッグからキーホルダーを取り出した太郎は、父の弁護士から譲り受けたまま一度も使ったことのない一本を、玄関の鍵穴に差し込んだ。

 カチッという硬質な音とともに解錠され、戸を引き開けたとたん、埃とカビの入り交じった匂いが鼻を衝いてくる。

 輝かんばかりに美しい外の光景からすると、家の中は暗く、洞窟のように見えた。幽霊屋敷さながらである。

 どうするべきか迷ったものの、せっかくだから風ぐらい通しておこうと思ったのが、コトの始まりであった。

 まず、ぐるりと外を回って家中の雨戸を全て開ける。

 それから家の中に入り、一階と二階の窓という窓を開け放った。

 掃除機は見つけたが、電気も水道も止められていて、どうすることもできない。埃とゴミはそのままだ。

 二階にはたしか三つ部屋があったように記憶しているが、上がってみるとふたつしかなかった。

 どうやら父は、かつて部屋だったところを潰してデッキにしてしまったらしい。

 恐る恐る、そこに出てみる。

 踏み出すたびに底が抜けないかと心配したが、そんなことはなかった。ところどころギシギシ鳴るものの、意外に頑丈な作りになっているらしい。

 木枠で囲われた板の間に立ってみると、父がなぜそれを作ったか、わかる気がした。

 そこから、このハヤブサ地区のなだらかな起伏とその向こうに続く林を一望することができるのだ。地形は家のあるところから、先ほどの道路まで一旦下り、そこからまたなだらかに隆起していた。その一番高い場所に樹齢何百年は経っていそうな木が生い茂った一角がある。    

 そこが何なのか、太郎は知っていた─というか思い出した。

 小さな社だ。たしか、同じ場所に公民館もあったのではないか。

 デッキの手すりを持ち、父が見ていただろう同じ景色を太郎は見すえた。

 春の風がそよぎ木々の枝が揺れ、雲がのんびりと空に浮かんでいる。空が広い。周囲の木立は新緑に輝いて息づいていた。

 その光景を見、その場所に立ったまま、しばし太郎は動かなかった。いや、動けなかった、といった方がいいかも知れない。

 日差しを浴び、佇んでいるだけで、穏やかな自然が放つエネルギーが体に充満してくる。

 ─ああ、オレは生きている。

 そんな当たり前の感情が、ある種の感慨をもって深く胸の底からこみ上げたのはそのときであった。あくせくしていた東京の暮らしで忘れかけていたものが、不意に蘇る。

 それが、なにか自分のルーツに近いもの、人間の原点に近いものの中に、身を置いているという実感に変わるまでそう時間はかからなかった。

 ─オレ、なにやってたんだろうな。

 東京の暮らしを思いやり、追い立てられるように原稿を書き続ける日々に思いを馳せた。ストレスを抱え、狭い空とコンクリートに囲まれて生きる毎日。

 そんな日々を送った後に、果たして自分になにが残るのだろう。

 その場でこみ上げた感動が、やがて根本的な疑団となり、化学反応を起こし、さらに天啓ともいえる直感的な結論に結びつくまで、さして時間はかからなかった。

 太郎は空を見上げ、穏やかな山村の気配の中で悟ったのだ。

「この家こそ、オレが住むべき場所じゃないのか」

 この土地こそが、いまのオレが必要としている場所だ。立ち返るべき原点なのだ、と。

 それからのことは全てがあっと言う間だったような気がする。

 東京に戻った太郎はすぐに引っ越しの準備を始め、出版社と友人たちに「田舎に引っ越すから」と宣言。一方で、老朽化した家の改修工事を地元の工務店を探して依頼した。出てきた見積もりは太郎としては高かったが、清水の舞台から飛び降りるほどの覚悟で了承し、この二月の終わりに東京での生活にピリオドを打って、この地に越してきたのであった。

 もし、妻や子供がいたら、とてもこんな決断はできなかっただろうが、幸か不幸か太郎は独身であった。作家になりたての頃、結婚を意識した女性はいたものの、作家としての雲行きが怪しくなってくると関係がギクシャクして、ついに壊れた。二年前のことである。

 越してきてひと月ほどが過ぎたが、田舎での暮らしはほぼ太郎が思い描いたものといっていい。

 とはいえ、戸惑うことも少なくなかった。

 よそ者にはわからないが、こうした田舎には田舎の近所付き合いがある。自治会長の藤掛と名乗る男がある日の朝、アポもなく家を訪ねてきたのは、越してきて半月もした頃であった。

(続きは本誌でお楽しみください。)

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