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物語を愛するすべてのひとたちへ-小説すばる

2020年1月号 小説すばる

【新連載】
馳星周
「黄金旅程」


 浦河の町は粒子の細かい霧に覆われていた。この辺りの人間は霧ではなくガスと呼ぶが、夏の朝の名物でもある。
 気温は低い。七月の終わり辺りにやって来た夏は、一週間で終わってしまった。これからは秋の気配が一日ごとに深まっていく。
 わたしはブラックブリザードを引いて馬房から放牧地へ移動した。ブラックブリザードは二十歳になる牡のサラブレッドである。中央競馬でGⅠと呼ばれる最高グレードのレースを二勝し、引退後は種馬となった。だが、その産駒は期待されたほどの成績を残せず、種馬失格の烙印を押されたのは七年後。以降、民間の乗馬クラブで人を乗せる仕事をしていたのだが、足腰が弱ってきてそれも引退せざるを得なくなった。
 ブラックブリザードが食肉加工場に送られそうだと耳にしたのはわたしがこの牧場を買い取った直後のことで、わたしはすぐに彼を引き取ることに決めた。
 人間のために二十年近く働きづめだったのだ。その苦労に報いてやりたかった。
 放牧地に放つと、ブラックブリザードは青草を食みはじめた。青草が大好物なのだ。現役の競走馬だった頃も、トレーニングセンターの一角に青草を見つけると、調教そっちのけで食べまくっていたらしい。
 ブラックブリザードを放牧地に残し、わたしは隣の放牧地に入った。傷んでいた柵の修繕に取りかかる。霧は濃いままだったが、東の方角から朝日が差し込んできて、その光を霧の粒子が拡散させている。
 わたしは霧の中に目を凝らした。拡散された光の中で、ありとあらゆるものの輪郭が滲んでいる。子供の頃から数え切れないぐらい目にしている光景だが、見飽きるということがない。
 結局、わたしがこの町を離れられなかったのは、馬たちとこの光景のせいなのだと思う。浦河は馬産の町であり、漁業の町であり、そして霧の町なのだ。
 深呼吸を繰り返した後で、柵の修繕に戻った。この牧場─和泉牧場はわたしの幼なじみの両親が営んでいた小さな牧場だった。四年前に母の八重子が乳癌で亡くなり、父の和泉雅明も脳梗塞で倒れた。ひとり息子の亮介はその前年、覚醒剤所持の罪で刑務所に入れられた。二度目の逮捕で、もう、執行猶予はつかなかったのだ。
 和泉雅明は一命を取り留めたが、自分の足で歩き回ることはかなわなかった。日々衰えていく和泉雅明の元に大手の牧場の経営者たちが入れ替わり立ち替わりやって来た。
 手入れされた放牧地が目的だった。和泉牧場は八重子が病に冒される前から馬の生産を縮小しており、いずれ牧場を畳むのだろうと思われていたし、実際、和泉雅明もそのつもりだった。畳んだ牧場は施設ごと大手に売却し、その金で夫婦で余生を過ごす目論見だったのだ。
 だが、八重子が先に天に還り、自分の死期も迫ったことで和泉雅明は考えをあらためた。
 もう金はいらないのだ。刑務所にいる不肖の息子に金を残してもまたろくでもないことに使うだけだろう。ならば、和泉牧場の名前を残してくれる者に譲りたい。
 白羽の矢が立ったのがわたしだった。わたしは亮介とは同い年の同じ月の生まれで、子供の頃から和泉牧場に遊びに来ては馬の手入れなどを手伝っていた。和泉雅明はそんなわたしを実の子供である亮介以上に可愛がってくれたものだ。だから、牧場を譲るならわたしにと真っ先に頭に浮かんだのだろう。
 病床で牧場を継いでくれと口にした和泉雅明に、わたしは条件を出した。
 サラブレッドの生産はやらない。わたしがやりたいのは、競走馬を引退した馬たちを引き取って繫養する養老牧場である。それでかまわないのなら引き受けてもいい。
 もとより、わたしの夢は養老牧場を開設することだった。ただ、土地を手に入れて牧草地を整備するところからはじめるには軍資金がまったく足りなかった。だから、和泉雅明の話は渡りに船ではあったのだ。
 和泉雅明はそれでかまわないといい、相場の半分以下の金で牧場をわたしに売ってくれた。和泉雅明が他界したのは契約を交わした一月後のことだった。
 そんな経緯だったから、和泉牧場がわたしのものになる前の一年ほどの間は、牧場の維持に手が回らず、あちこちに修繕の必要な箇所ができていた。わたしの毎朝の日課は、ブラックブリザードを馬房から放牧地に移し、時間のゆるす限り、細々とした修繕作業をすることになっている。
 それも午前八時までのことだ。それ以後は、本職で汗を流さなければならない。
 ひびが入って今にも折れそうな柵に添え木を打ちつけていると、国道の方から馬の足音が聞こえてきた。
 目を凝らすと、霧の中から少女と芦毛の馬が姿を現した。国道二三六号、通称天馬街道を挟んだ向かいにある栗木牧場の一人娘、栗木恵海とカンナカムイだった。

(続きは本誌でお楽しみください。)

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