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物語を愛するすべてのひとたちへ-小説すばる

2019年12月号 小説すばる

【新連載】
三崎亜記
「トライアングルファーザー」

第一話 離島の引きこもり

「うわぁ~! 今日もいい天気だぁ。見てよ、この空と海!」
 砂浜に仰向けに寝転んで、のけぞるような姿勢で、ボクは録画状態でカメラを構えていた。水平線にズームイン。画面の中は上下が逆転した空と海だけだ。少しずつ画面を右にパンする。波打ち際を映さないように、サトルの上半身だけを「逆さまに」フレームインさせる。
「ええっ! さとまるが空から逆さづりになってるぞ!」
 ボクは砂の上でくるりと回転して、腹ばいになった。
「なあんてね。今日は海と空が格段にきれいだから、トリック映像を撮ってみたってわけ。みんな、うまく騙されてくれたかな?」
 よちよち歩きしだしたばかりの一歳のサトルの姿をカメラで追う。
「離島ってさ、本土から離れてることがデメリットみたいな言葉だけど、都会の雑踏だとか、煩わしい人間関係だとか、渋滞とか満員電車だとか、そんな余計なものから離れられるってことなんじゃないのかな」
 今日の動画は「さとまる、初めて波打ち際に立つの巻」。裸足のサトルがおずおずと打ち寄せる波に足をつける姿がYuuQve映えしそうだ。よし、サムネイルはこの画像で決まりだ。
「ほら、さとまる、そっちに熱帯魚がいるぞ!」
 島の南岸の岩場に囲まれたこの小さな浜辺は、車も入れず地元民もめったに来ないし、観光ルートからも外れている。撮影にはもってこいだが、今の季節だともうすぐ逆光になってしまう。時間との勝負だ。
「ああ、もう、サトル、そっちに行っちゃダメだ! もう一回、この位置からやり直しだ」
 そのまま映すと、アヒルみたいな形の特徴的な岩と、二十キロ離れた本島の島影が映り込んで、撮影場所が特定されてしまう。カメラを置いてサトルの位置を直す。まあ、こんな部分は後からいくらでも編集でカットできる。
 サンゴのカケラに興味を示してしげしげと眺めるサトルの姿をあおりで撮り、砂の上に「りとまる」の文字の形で組み合わせた流木の前に座らせる。
「はいっ! というわけで、離島でまるごとハッピーライフ、りとまるファミリーでしたぁー! ボクたちりとまるファミリーは、きっとこの国の隅っこのどこかにいるよ。みんな、遊びにおいで」
 いつもの決めゼリフで、ボクは録画を終えた。
「ほら、サトル、次の撮影場所に行くぞ」
 サトルはまだ遊び足りない様子だったが、有無を言わせず抱きかかえる。撮影の様子を、島の奴らには見られたくなかった。
「何だよ、サトル、眠っちゃったのか。役に立たないな」
 もう少し撮影をしたかったけど、仕方がない。木陰に一度サトルを下ろして、「海風が心地良くって眠っちゃったさとまる」の映像を撮って、撮影終了だ。ポッキリと折れた姿の風力発電の風車のある小さな峠を越える。フォトジェニックで廃墟フェチは喜びそうだが、ボクにとっては撮影のジャマものでしかない。
 踏み分け道をたどって裏道から集落に入る。周囲に人がいないのを見計らって、家の中に駆け込んだ。人口七百人のこの島には、集落が三つある。港近くの字新港と、山すその字麓、そしてボクが住む字泊だ。かつては賑わいの中心だったらしい泊集落も、定期船の発着が新港に移り、空き家も多かった。そんな寂れた集落の外れの一軒を借りている。
 風通しのいい廊下にサトルを寝かせる。まだ四月だけれど、首都の方ではさっそく気温が三十度を超えたって話だ。島は湿度がそれほど高くなくて海風が吹いているから、本土よりも過ごしやすい。真夏になると、本土から「避暑」に訪れる観光客もいるくらいだ。
「さて、サトルが寝てるうちに、編集だ」
 パソコンの前に座り、編集ソフトを立ち上げる。ボクは離島での「のびのび子育て」を動画サイト「YuuQve」に投稿するYuuQverだ。動画の中では「イクメンパパのりとまる」を名乗るボクと、奥さんの「おっとりママのりんりん」そして息子の「わんぱく予備軍、さとまる」の三人家族。さとまるの成長動画を中心に、南の島ならではの食材を使った料理を作ったり、本土では見かけない動植物を紹介したりと、様々なジャンルの動画をYuuQveに投稿している。
 適当に動画を撮れば収入になる楽な職業って思われがちだが、撮影以上に重要なのが、視聴者の見ていない編集の苦労だ。ライバルは星の数ほどいる。一瞬たりとも飽きさせないように編集しなきゃ。視聴者は移り気で浮気性だ。余分な部分をカットし、サトルのよちよち歩きを敢えて早送りにしてコミカルに加工し、テロップをポップアップして画面上に踊らせ、フリー音源からリゾートっぽい音楽をもってくる。
 最後にサトルの顔の上に、りんりんが描いたイラストの「さとまる」の顔を乗せる。これが地味にめんどくさいんだ。後からの手間を思って、撮影中にサトルが無邪気に飛び跳ねたりしたら、心の内で舌打ちしてしまう。我ながら根っからのYuuQverになってしまったもんだ。

 編集を終えて動画のバックアップを取っていると、りんかがカフェでのバイトから戻ってきた。昔は日焼けを気にして常に長袖姿だったりんかも、タンクトップ二枚重ね着にショートパンツと、すっかり島スタイルが板についている。
「ちょっとショーエイ、サトルうんちしちゃってるじゃない。ほっといたら肌荒れしちゃうでしょ」
 さっそくの小言だ。眉根を寄せて怒って見せるが、目尻の垂れた二十八歳とは思えない童顔っぷりと、いつも何か困ったようにへの字になった唇のせいで、ちっとも怖くは見えない。
 おむつ替えシーンは動画のネタにはならないから、ボクはつい忘れがちだ。それにりんかは、この島に来てエコにかぶれたのか、布おむつを使ってるんだ。うんちの時はめんどくさくって……。
「それから、脱衣かごのサトルの服、濡れてるけどまた海に連れて行ったの? まだよちよち歩きなんだから、撮影は危ないって……」
「そんなことより、りんか、今から室内動画撮るぞ!」
 一番採光のいい南向きの部屋が、昼間の撮影場所だ。家を借りた時から放置してあったロウシュの葉を編んだ古めかしいザルに、りんかが島唯一の共同販売所で買った野菜を見繕って並べる。
「ほら、りんかも準備して」
 ぶつくさ言いながらも、りんかは鏡の前で髪を整えだす。イラストの顔の横からぴょこんと飛び出すツインテールが、「りんりん」のトレードマークなんだ。
「さぁて、今日はYuuQverにはおなじみ、動画のコメント欄に届いた質問に答える、Q&A動画でぇ~す!」
 パフパフラッパの効果音を後で入れよう。原稿はあらかじめ作ってある。質問をりんかに読んでもらい、ボクが答える段取りだ。
「しつもんその1。離島での生活に、不自由はありませんか?」
「りんりん」の舌っ足らずなしゃべり方は、男性視聴者に人気なんだ。
「島にはコンビニもないし、共同販売所があるっきりだけど、ネットは世界につながってるからね。多少日数と、離島の送料はかかってしまうけど、何でも届くから、そこまで不自由には感じないなぁ」
「しつもんその2。島って、大した仕事もなさそうだし、暮らしていくのが大変じゃないの?」
「確かに都会並みに稼げる仕事なんてないし、ボクもYuuQverって自由な職業だからやっていけてるって側面はあるよ。でも、今住んでる家、少し古いけど、一軒家で月に三千円なんだよ。それに、ほら、これ見て。家に戻ったら、玄関に誰かが採れたて野菜を置いてくれてたんだ。こんな風に、島の人たちの無数の善意に取り囲まれてるから、食べていくことに関しては、何も心配しなくっていいよ」
 りんかは視線を原稿ではなく、ザルの上の野菜に向けている。
「ほら、りんか、ぼーっとしてないで、続けて」
「えっ……、ああ、ごめんなさい」
 りんかが慌てて原稿を持ち直した。
「しつもん、その12。島での育児って、頼る人がいなくって不安になったりしないの?」
「この島は、まさに島全体が家族って感じなんだ。言うならば、近所中に出産経験豊富なおばさんやお姉さんがいるって思ってもらえばいい。コンクリートジャングルで、知り合いの一人もいない都会で暮らすより、よっぽど安心して育児ができるって、わかってもらえるかな?」
「しつもん13。でも、子どもの……」
「明日の波の高さは、午前は一・二メートル、午後は……」
 ボクは舌打ちした。島内放送の始まりだ。定期船と高速船の明日の運航状況から、干潮、満潮の時間、漁協のセリの時間からスーパーの特売まで、たっぷり五分はがなり立てるので、その間、撮影は中断だ。
 それにしても、さっきの質問、「それにうちには、イクメンパパのりとまるがいるから、大安心だよっ!」なんてりんりんが合いの手を入れてくれたら最高だったのに。りんかも、もっとYuuQve慣れして機転を利かせてくれなきゃ困る。仕方がない。りんりんの「心の声」としてテロップを入れよう。
 ようやく放送が終わって、気を取り直して撮影再開する。
「しつもん、その13。でも、子どもの急病なんか、離島で対応できるの?」
「それは確かに問題だね。島には診療所しかないし、本島との連絡船も、しけになったら何日も欠航するからね。でも、いざとなったら本島からドクターヘリが飛んでくるから、そこまで心配はしていないよ」
「それでは、最後のしつもんです。離島での子育てって、成功だった? 失敗だった?」
「そんなの、考えるまでもなく、大成功だよ! ねっ、りんりん?」
 動画では「余白」にしかならない、微妙な沈黙が流れる。
「ほら、りんか、動画撮ってるんだから、ちゃんと反応して」
「あっ、うん。もちろん、大成功。だよっ!」
 みはからったように、サトルが目を覚ましてぐずりだした。
「おおっと、さとまるが泣き出しちゃった。それじゃあ今日はこのへんで。離島でまるごとハッピーライフ、りとまるファミリーでしたぁー!」

(続きは本誌でお楽しみください。)

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