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物語を愛するすべてのひとたちへ-小説すばる

2019年4月号 小説すばる

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松井玲奈『カモフラージュ』刊行記念インタビュー

【新連載】
湊かなえ
「カケラ」

 瘦せたいの――。
 ついに、デッドラインを越えちゃったから。
 瘦せようと思ったのは初めてじゃない。ダイエットも何度かしたことがある。けれど、危機感を覚えたのは今回が初めて。だって、人生マックス、まさか自分がこの体重になるなんて、想像もしていなかった。
 そもそも、ダイエットだって、私の人生には無縁だと思ってた。意地悪男子に「トリガラ」ってあだ名をつけられてたくらいなのに。そうそう、堀口弦多だよ。チビって言われて逆切れして、なぜか、私が八つ当たりされたの。私は何も言ってないのに。
 確か、サノちゃんだよね。
 ゴメン、って……。ホント、美人は得だよ。口が悪いのはサノちゃんなのに、みんな怯んで、隣にいる私がとばっちりをくらうんだから。
 脅したつもりはない? 知ってる。みんな、睨まれて怯むんじゃなくて、微笑まれて怯んでたことくらい。今から思えば、そっちの方が怖いよね。笑顔で相手を石化させるなんて、並みのかわいい子じゃ無理だもん。
 信号が小学校の前に一つだけあるような田舎のおさななじみとして、物心ついた頃にはサノちゃんが当たり前のように隣にいたから、世の中には三〇人に一人くらいの割合で美人が存在するって思ってたけど、結局、自転車を二〇分こいで中学に通っても、バスに二時間揺られて高校に通っても、飛行機に乗って上京した大学に進学しても、サノちゃん級の美人には出会ってない。
 まあ、ミス・ジャパンに今更こんなこと言っても仕方ないんだけど。
 それに、「トリガラ」なんて、今となっては愛おしい。私のことを嫌いな人が一万個悪口を並べても、絶対に出てこないフレーズなんだから。
 まったく、人間の体って不思議だね。みんな、私が瘦せているのはうちが貧乏だからと思ってたかもしれないけど、そういうわけじゃないんだよ。
 農業なんて、収入は低いのに体力は膨大に消費するでしょう? ここまで割に合わない仕事って他にある? しかも、たまたまそこの家に生まれたってだけで、子どものあいだはタダ働きしなきゃいけないんだから。
 ホントにタダ。子どもなんだから一日一〇〇円でももらえたら満足できるのに、一円ももらったことがない。金で動くような人間になるな。うちのばあさんの口癖よ。そうやって、私の両親にもお金の管理をさせずに、自分一人でため込んじゃってさ。
 ということは、農業をしていたからうちは貧乏だったんじゃなくて、単に、家庭内でお金がまわっていなかったってこと?
 立派なハラスメントじゃん。何ハラ? ババハラ?
 そんなばあさんがお母さんに、三食しっかり作れ、って命令するわけよ。しかも、ばあさんから両親に支給される月に一〇万にも満たないお金で工面しなきゃならないの。米や野菜は自給自足できても、肉や魚をケチると怒る。品数が少なくても怒る。
 だから、食卓にはいつも、皿がのりきらないほどの料理が並んでいた。
 当時はカロリー計算なんて概念は持っていなかったけど、振り返ってざっと見積もってみても、毎食、一人二〇〇〇キロカロリー分はあったんじゃないかな。
 そんな量を、子どもが全部食べ切れるわけないでしょう? それで残すと、ばあさんに怒られるの。戦時中の話しながら。なのに、自分は残してる。口に合わない、って、お母さんのせいにして。なのに、太ってるの。
 今思えば、農家は体力勝負だからとか、戦時中がどうこうとかじゃなく、自分が太ってることがコンプレックスだったんじゃないかな。私が五歳の時に死んだじいさんは、中肉中背で太ってるとは言い難かったけど、ばあさんは明らかに太ってたでしょ。
 そういやサノちゃん、うちに遊びに来た時、ばあさん見て「ブタみたい」って言わなかった? それで、あの晩はいつも以上にネチネチ怒られたんだよ。
 ああ、思い出した。あんな失礼な子とは遊んじゃいけないとか、はっきりサノちゃんの文句を言えばいいのに、私の箸の持ち方がおかしいとか言い出して。他にも、トイレのドアを音を立てて閉めるのが耳障りだとか、言葉遣いが悪いだとかケチ付けて、結局、しつけがなってないって、お母さんが責められるの。
 あれも全部、嫉妬だよ。
 お母さんは年々たくましくなっていたけど、昔はホントに、華奢ではかなげな美人だったんだもん。よく、男は自分の母親に似ている人を好きになるなんて聞くけど、うちのお父さんの場合は真逆。ないものねだりの方。お母さんと結婚する前に彼女がいたのかどうかは知らないけど、好きな女優、みんな細い人ばかり。胸やおしりの大きさより、ウエストの細さを重視って感じ。

(続きは本誌でお楽しみください。)

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