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物語を愛するすべてのひとたちへ-小説すばる

2018年12月号 小説すばる

【小説すばる新人賞】
増島拓哉
「闇夜の底で踊れ」

      1
 ロックンロールだぜ、人生は! 昨夜インターネットで見た音楽番組で、ナイト・ドリーマーというロックバンドがそう歌っていた。全くもって同感である。
 ロックンロール─転がる石。俺の人生はまさしく、ころころと坂を転がり落ちていく石のようなものだ。決して止まらず、奈落の底へと一直線に転がっていく。
「ロックンロール」
 覇気のない俺の掛け声は、周囲の喧騒にぶつかり、弾け散った。目の前では銀色の玉たちがジャラジャラという断末魔の叫びを残し、暗然たる闇の中へと飲み込まれていく。
「あほんだら」
 打ち始めて僅か五十分で、もう一万円が溶けてしまった。だが、ここでやめる訳にはいかない。ここでやめれば、一万円をドブに捨てたことになってしまう。まだ昼の一時半。勝負は始まったばかりだ。
「伊達ちゃん、それもう出えへんで」
 隣で打っている歯抜けのジジイが、へらへらとした口調で声を掛けてきた。
「じゃかましい。もうちょいや」
「出えへんて。……のき、代わったろ」
「やかましい、言うてるやろ。残ってる歯ァもいてまうど」
 しょっちゅう店で一緒になるこのジイさんの名は、平田。下の名前は知らないし、興味もない。いつもチビチビと金をつぎ込んでいる、ケチでチンケなジジイだ。
「口の利き方を知らん奴っちゃなあ……」
 平田は大袈裟に肩を竦め、自分の台に向き直った。年金をパチンコに捧げ、三十五歳の俺にタメ口を吐かれても意に介さない、ろくでなしのジイさんだ。
 平田は煙草の煙を吐き出した。銘柄はエコーだ。魂を想起させるような青白い煙が俺の前に漂ってくる。俺は非喫煙者だが煙草の臭いは別に嫌いではないし、健康云々もどうでもいい。だが、喫煙者の肩身が狭くなりつつあるこのご時世に、このジジイだけがそんな風潮など何処吹く風とばかりに悠然と煙草を吹かしているのが、どうにも気に食わない。
 俺は大きく舌打ちし、口を開いた。
「平田さん、煙こっち来とんねん。ビールの味、変わってまうやろ」
「安い発泡酒のくせに、一丁前のこと言いな」
「煙草ばっかり吸うてたら、早死にすんで」
「ドアホ。禁煙して百二十歳まで生きるくらいなら、この一本吸い終わってすぐに死んだ方がマシや」
「ご立派。ニコチン中毒の鑑やね」
「パチンコ中毒には言われたない」
「それはお互い様やないか。それに俺は、平田さんみたいにセコい打ち方せえへんだけ潔い」
「重症、いうだけやがな。大体、わしはセコいんと違う。伊達ちゃんと違うて、堅実なだけや」
「あほんだら。パチンコ打ってる奴を堅実とは言わんのや」
 そんな風にして実のない話に花を咲かせている内に、さらに三千円が溶けた。平田は相変わらず、隣でシケた打ち方をしている。
「平田さん。あんた、パチンコ中毒でニコチン中毒いうのは、流石に救いようがないで。二重苦や」
「二重苦ちゃう。わしは、パチンコ、ニコチン、アルコールの中毒三冠王や」
「何を自慢気に言うとんねん。どえらい薄汚れた王冠やで」
「そんなことより伊達ちゃん、やっぱりそれもう出えへんのとちゃうか」
「次言うたら、ケツの穴に煙草突っ込んで火ィ付けるど」
 平田は素直に黙ったものの、薄笑いを浮かべていた。思わずため息が洩れる。
「もうちょいや」
 平田の存在を頭から排除し、自分を励ますように、俺は力強い口調で言った。

 ─結果、戦死者は二十五名だった。さらば、二十五人の野口英世たちよ。……合掌。
「死ねや、ボケッ!」
 店を出るや否や、空になった缶ビールを、力一杯地面に叩き付ける。甲高い音を立てて、缶は道の端へと転がっていった。
「あのボケが話しかけ腐るから、計算が狂うた」
 苛立ちを言葉に乗せて吐き出しながら、ふらふらと歩き始める。
「こら、何をしてんねや」
 不意に、後ろの方で声がした。随分と横柄な口調だ。どこぞのアホ共が喧嘩でもしているのだろうか、と辟易しつつ、俺は歩みを進めた。巻き添えを食らうのは御免である。
「ちょう、待ちいな、君」
 また声がした、と思ったのも束の間、いきなり激しく肩を摑まれた。驚いて振り返り、思わず叫ぶ。
「なんじゃい、コラッ!」
 だが憤怒の炎は一瞬にして、眼前に迫った紺の迫力によって鎮火されてしまった。
「なんや、その態度はっ!」
 図体のでかい警察官が立ち、俺を見下ろしていた。威圧的な紺の制服を身に纏った、国家権力の犬である。説教臭い国語教師みたいなツラで、眉間に皺を刻み、俺を睨み付けている。俺は口許に苦い微笑を洩らして言った。
「いやいやいや、ちゃいますやん。ちゃいますねん。どこぞのチンピラが絡んできよったんか思うて、ついね……。お巡りさんやと思わんかったから」
「なんや、俺がチンピラや言うんか?」
「ちゃいます、ちゃいます、そういうこと言うてるんちゃいますやん。ほら、いきなり肩摑まれたもんやから、吃驚してもうて。……堪忍ですわ」
 警官は小さく唸り、不承不承頷く。
「まあ、ええわ。……それよりやなあ、君、ポイ捨てしたらアカンがな」
 警官は地面に転がっている缶ビールを指差した。
「見てたで。パチンコで負けたんかしらんけど、してええことと悪いことがあるわな。この辺は通学路やねんし、大人が規範になるような行動取らんと。なあ?」
 大阪府内有数の進学校が、この近くにあるのだ。
 しかし、俺のポイ捨てを咎めるくらいなら、頭上に掲げられている性風俗店の看板をどうにかした方がいい。高校の通学路にエロいマッサージ屋があってええんかいな。
 そんなことを思ったものの、もちろん口にはしない。怒鳴り散らされるだけだ。無駄なことはしない。それが俺の流儀である。
「いやもうホンマに、お巡りさんの言う通りです。申し訳ない」
 俺は頭を下げ、走って缶を拾いに行った。無論、微笑は絶やさない。
「分かったんならええんやけどね。……ほなまあ、パチンコもほどほどにしときぃや」
 警官は諭すような口調で言うと、俺の肩を二度ポンポンと叩き、去っていった。制服さえ着ていなければ何処にでもいるおっさんにしか見えない癖に、随分と偉そうなものである。
 警官の姿が見えなくなるのを確認し、俺は拾い上げた缶ビールを再び地面に叩き付けた。
「やかましいわ! 俺にごちゃごちゃ言う前に、パチンコ取り締まらんかい。こんなもん、賭博と一緒やないか」
 俺は歯ぎしりをし、警官が去っていった方を睨み付けた。
「国家権力の犬が偉そうに……」
 野太い声でそう言うと、忍び笑いが聞こえてきた。見ると、例の進学校のガキ共が、にやにやしながら俺の方を見ていた。
「なんや? なに笑うとんねん、コラ」
 ドスの利いた声でそう言うと、ガキ共は口を噤み、俯いて早足になった。だが俺から離れ、駅の改札を通った途端、再びこっちを見てげらげらと哄笑した。
「死にさらせ、あほんだら」
 そう呟いた俺の声は、砂を口にしたような、不快な響きを伴っていた。ガキ共から目を逸らし、俺は上を見た。空はうっすらと茜色を帯び、地面に少しずつ迫ってきている。
「あほんだら」
 俺はもう一度呟いた。ちぎれて浮かぶ飛行機雲が、視界の隅に見えた。

(続きは本誌でお楽しみください。)

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