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物語を愛するすべてのひとたちへ-小説すばる

2017年10月号 小説すばる

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【短編】木原音瀬「リサイクル」

【短編】中島京子「キッドの運命」

 朝起きるとじいちゃんは、いつものように家の裏手にある工場へ出かけていく。
 パチッと旧式の電源をオンにすると、それまで眠っていたように見えた日本人たちがわらわら起き上がって、ひとまず工場の外へ出て整列する。
 俺に言わせれば、これほど無駄な作業はないわけで、奴らは整列してなにをするかと言えば、ただただ、じいちゃんのどうでもいいような演説を聞かされるだけなのだ。微動だにせず、瞬き一つせずに直立不動で聞いているだけなんだから、そのぶん、工場で寝かしておいてやったっていいじゃないかと、俺は思っている。
 だけど、じいちゃんがあんなばかみたいな違法の工場をやってるのは、半分以上、あの演説がしたいからなんだし、どっちにしたって俺の言うことなんか聞く耳持たないんだから仕方がない。じいちゃんはたぶんもう九十歳は越えてるはずだから、好きなようにさせておいてやるしかない。まともな病院もないのに、あの年であれだけぴんしゃんしているのは驚異的ですらあるが、それだって、あと十年もつかどうかの命だろう。
「諸君らには、日本人であることの誇りを常に持っていてもらいたい」
 とかなんとか、じいちゃんは、やるわけだ。
「ソニーがなにを作りましたか。トランジスタラジオだね。ウォークマンだね。トヨタがなにを作りましたか。プリウスだね。シャープの液晶もすごかったでしょう。みんな、日本の技術が作ったものでした。世界をあっと言わせたんだからね。日本はすごかった。日本の技術力は。それが、諸君らに結実している。諸君らのDNAに存在している。そのように思っていただきたい。そのことを誇りにして働いていただきたい。私が諸君らに持っていただきたいのは、日本人たるの矜持、その一点であります」
 じいちゃんは、腰に手をやり、ちょっとガニ股に脚を開いて、ここでコホンと咳ばらいを一つする。そして続ける。
「まじめ。よく働く。文句を言わない。疲れない。休まない。正直。これもだいじ。細かい作業を苦にしない。一糸乱れぬ行動がとれる。これだけの美徳を備えているのは、日本人以外にちょっとない。ですから諸君らが今日も健やかに、日本人たる誇りを胸に、一日健やかに働かれることを願ってやみません。朝礼、終わり。全体、礼!」
 じいちゃんの号令一下、日本人たちは無言で頭を下げて、五秒後に一斉に上げ、それから工場へわらわらと戻っていった。
 はっきりいうと、こいつら日本人たちは見た目はよくできてるものの、ヒューマノイドというより、めちゃくちゃ旧式のロボット機能しか持ち合わせていなくて、確かに手先は器用だけれども単純作業しかできない。設定を詳細にカスタマイズすれば、それなりに使いようはあるかもしれないが、基本的には、じいちゃんの工場で自分たちの仲間をコツコツ組み立てるのが関の山で、話すらまともにはできないのだ。つまるところ、じいちゃんの演説を聞く能力も理解する能力もまるでないってわけだ。EAUが二〇四二年に正式に批准したAGIBTに引っかかるような基準はまるで充たしてない代物で、まあ、なんというか、言葉は悪いが玩具みたいなもんだから、じいちゃんのモグリ工場の操業がUPに知られてないわけがないのに操業停止になっていないのは、見逃されているということなんだろう、年寄りの道楽として。
 日本人たちのパーツじたいは、じいちゃんが昔の伝手だかなんだかをたどって手に入れているが、組み立ても、縫製と呼ぶ造形作業も工場でやっていて、しかも一体一体、個体の身長、体重、目の色、髪の色なんかが微妙に違うから、一つ作るのに三か月近くもかかってしまう。出来上がっても、買い手もそんなにない。
 じいちゃんの日本人をネットで買いつけていくのは、へんなマニアで、どこにだってそういうのはいるもんだ。
 ただ、一時期、そういうへんなマニアの人たちが日本人を買って、ものすごくへんなVを作って、それが変態の間で大ヒットしたことがあって、妙なところからクレームがついた。「日本人」というブランド名をどうにかしろというのだ。
 国名としての「日本」はもうなくなっているし、レイスとしての日本人のことは日本系(にほんけい)、日系(にっけい)と呼ばれて久しいので、歴史的な文脈でなければ「日本人」という言葉はここ二十年くらい使われていない。ことに、じいちゃんはブランド名を「Nipponjin」と登録していて、この「ぽん」という読みは、ほんとに古臭く響く。
 でも、首都近郊の高齢者居住区にいる年寄り─じいちゃんと違って、手厚い看護と介護を受けていて軽く百歳越えちゃうような連中─の中には、「にっぽんじん」という言葉に特別の愛着を持つ人も多い。ある意味、じいちゃんと似たような感性じゃないかと思うのだが、こういう年寄りがなにを間違ったかマニアックな連中のVをうっかり見てしまって、「にっぽんじんを、ラブドールの名称に使うのは人種差別」と訴えたのだ。
 ラブドール、という言葉じたい、ある年代から上の人たちには懐かしさを伴う名詞だったみたいだけれども、この変態のマニアさんたちがけっこう世界中にいて「日本人」を愛用していることがわかってきて、年寄りじゃなくても問題にする人が出てきた。ブランド名だけじゃなくて、あきらかにアジア系の見てくれをしているのがまずいと怒る団体もあって、EAUの片田舎の海沿いの町でちっちゃな工場を営んでいたじいちゃんは突如、社会問題の渦に巻き込まれた。
 いろいろ、あっちこっちから怒られた挙句、じいちゃんはやつらの首の後ろに「Nipponjin」というタグをつけるのをやめた。ポンズだったか、ポンジだったか、当たり障りのないものに変えたけれど、じいちゃんの心の中では、「今は亡き、数々の美徳を備えた日本人の末裔を作ってる」という気持ちを変えることができないので、いまだに見た目はどうしても日本人というか、アジア系だ。
 そして、いまだに、じいちゃんの日本人は、ほそぼそ、へんなマニアに買われていく。

 

(続きは本誌でお楽しみください。)

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