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物語を愛するすべてのひとたちへ-小説すばる

2017年7月号 小説すばる

【新連載】木下昌輝「絵金、闇を塗る」

 序

 南国土佐の熱気を冷ますかのように、夜の帳が下りようとしていた。錆びた街灯も真新しい街灯も、灯を点さない。だけではない。家の中の蛍光灯も、事切れたように光を喪っていた。
 江戸時代から続く漆喰の蔵や明治の頃のものと思われる赤煉瓦の建物が、夜の昏さに沈んでいく。
 微かに、潮騒の音が聞こえてきた。
 建物さえも汗ばむような南国土佐の暑さが、亡霊のように辺りに漂っている。
 ポツポツと歩く白い影は、白衣をまとったお遍路さんか。
 やがて、人魂というにはか細いあかり─百目蠟燭の火が列柱のように点りはじめる。
 手で水をすくうような頼りなさで、蠟燭のあかりを受け止めるものがある。二曲一双の古い屛風たちだ。
 蠟燭の火が、屛風に描かれたものを浮かび上がらせる。くちた肌色、吊り上がり血走った眼、落日のような赤は血だ。
 歌舞伎役者と思われる男たちが、血塗られた一幕を演じている。いや、転がる生首や腕、はらわたは、芝居ではなく現実の出来事を描いたものか。
 確かなのは、夜の闇を顔料や染料として、いや、夜を塗るかのように、絵の中に血色の怨念が広がっていることだ。
 老婆がひとり、芝居屛風絵の横に佇んでいた。
 枯れた口が蠢いて、何かを語りかける。

 えきんさんを、おいかけたらいかんぞね。

 白い歯が蠟燭の火で、橙色に染まる。

 絵金さんを追いかけよったら、嚙みつかれるがで。

 どうやら、これらの異形の屛風絵は絵金という男が描いたもののようだ。
 老婆の口が語り始める。幕末から明治にかけて生きた、ある絵師のことを。
 その男は、通称を〝絵金〟という。天才とも異端とも、贋作師とも呼ばれたという。
 老婆は、絵金のことを語りたいのだろうか。
 いや、少し違うかもしれない。
 なぜなら、老婆の口が紡ぐ物語の主人公は、絵金ではないからだ。
 絵金を追いかけ、絵金に嚙みつかれた幕末の絵師や志士たちが主人公のようである。
 老婆の枯れた唇と舌、そして白い歯が、絵金に嚙みつかれた男たちの物語を編み上げていく。

 一章 岩戸踊り

 まるで布が水を吸ったかのように、土佐の闇は夏の暑さを孕んでいた。
 神社の本殿に設えられた床几に、仁尾順蔵は恰幅のいい体を預けている。団扇を扇いで、ぬるま湯のような風を自身の首筋に送る。
 境内をずらりと囲む赤提灯が、煌々と輝いていた。
 中央には土俵があり、ふたりの若者が裸体をぶつけあっている。
「ほらあ、もっと腰をいれんかえ。おまんの相撲に馬屋村の豊作がかかっちゅうがぞ」
「上手が空いちゅうろが。これで、猪田村が不作になったらどうするつもりな」
 村人たちが、口々に野次を飛ばす。
 神に奉納する相撲競べだ。ふたつの村の代表が相撲をして、勝った方の村が豊作になる。土佐では特に珍しい趣向ではない。夏のこの時期になると、祭の奉納神事として、あちこちで相撲競べや芝居競べが行われる。
 声援を送るのは、男衆だけではなかった。
「ほらぁ、がんばらんかね」
「そんな相撲とりよったら、えぃ嫁さんはもらえんで」
 はちきんと呼ばれる女子衆たちも、浴衣の襟をはだけんばかりに声を張り上げていた。
 土俵で組み合うふたりの若者の肌が火照り、流れる汗が提灯の灯を反射する。鬢の毛を盛大にほつれさせ、肌と肌を癒着させるかのようだ。
 やがて、一方の手が廻しを摑んだ。腰を捻って、投げを打つ。
「あああぁ」
 悲鳴と歓声の区別は、床几で涼む仁尾の耳にはつかなかった。
 投げ倒された一方は砂まみれになり、それを勝者が見下ろしている。激しい取り組みの残滓だろうか、こめかみから血が滲み、汗と混じり合っていた。
「勝者、馬屋村」
 悲鳴と歓声が一際大きくなる。
 白髪白髥の老宮司がやってきて、深々と仁尾に頭を下げた。
「仁尾様、こんたびのご奉納の数々、まっことありがとうございます」
「なに、造作もないことよ」
 仁尾は老宮司を一瞥しただけで、顔は境内中央に向けたままだ。
「おかげで、今年の祭はこじゃんと賑わっちょります。。村人も喜んじょります。明日は芝居奉納もありますきに、ぜひぜひ」
 手もみをして、老宮司は媚を売る。
 仁尾は、土佐が誇る豪商だ。薬種や絵に使う墨や顔料などを手広く商っている。ちなみに、土佐では仁尾のような豪商や、参勤交代のある藩主や家老、その家族は、他藩の人間との付き合いも多いので、ほとんど土佐弁をしゃべらない。
「どないですろぅか、先程の奉納相撲は。南画でも名を成しちゅう仁尾様の絵心を満足させよったでしょうか」
 ますます辞を低くして、老宮司は言う。
 仁尾は、〝鱗江〟という号を持つ南画派の絵師でもあった。その腕は、旦那芸を遥かに超えている。
「絵心か」と、仁尾は苦笑した。
「南画は、湿潤淡彩が至上の世界ゆえなあ」
 仁尾は言葉を濁す。
 中国南部のゆったりとした風景画からはじまった南画には、先ほど繰り広げられた極彩色の神事は画題にそぐわない。
 だが、仁尾は目の前の土佐の風景が嫌いではない。痛いとさえ感じる夏の陽光、その熱を滲ませる夜の闇、点された灯の狭間に行われる、血汗の滲む神事。生死が混じり合うかのような世界が、仁尾の芯を潤し、活力に変える。
 目の前では、田舎神楽が始まろうとしていた。
 アマテラスが、天岩戸に籠った故事を再現しているようだ。アマテラスの気を引く踊り子のアメノウズメ、その夫で天孫降臨の際に神々を導いたとされる長鼻のサルタヒコを、若い男女が演じている。
 汗で肌を化粧したふたりが、アマテラスを天岩戸から出さんと、必死に体をくねらせている。男の顔には天狗の面があり、鼻が男根の形をしていた。上方や江戸のものと比べれば、何とも垢抜けない。こういうところが、鬼の棲む国とも言われる所以かもしれない。
 だが、それがいい。
 目を境内の外へやると、若い男女ふたりが寄り添いつつ闇へと消えていくところだ。夏祭の夜は、あちこちで夜這や目合が行われる。獣に戻ったかのように、男女が肌を合わせる。
 仁尾は素早く周囲に目をやった後に、己の股間に団扇で風を送った。
 ふふん、と笑う。
 踊るふたりの汗の匂いが漂い、何とも淫靡だ。
 画題にはならぬが、悪くない。
 ぬるい風を、体全体で味わう。
「それはそうと、先日の画会はどうやったがです」
 何気ない老宮司の一言に、団扇を持つ仁尾の手が止まった。
 高知城下の料亭で、土佐の名だたる画人と藩家老たちが集まる画会が開かれたのだ。豪商であり画人でもある仁尾も、当然のごとく足を向けた。
 だが……。
 みしりと、団扇の柄が軋む。
 仁尾はあろうことか、門前払いされたのだ。理由は、画会に土佐藩お抱えの狩野派の絵師たちがいたからだ。他の流派との画会に同席してはならない、という掟が狩野派にはある。狩野派絵師がいたおかげで、仁尾ら南画の画人は料亭に入ることさえできなかった。
 その時、料亭の奥から聞こえてきた声は、今も耳孔の奥にこびりついている。

 ――狩野派に非ずんば、絵師に非ず。

 

(続きは本誌でお楽しみください。)

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