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物語を愛するすべてのひとたちへ-小説すばる

2017年6月号 小説すばる

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【ノンフィクション】伊与原新「2030年宇宙の旅―地球外生命を求めて―」

【短編】松崎有理「惑星Xの憂鬱」

  最果てというのは、いつでも人を虜にする魅力があるらしい。

渡部潤一、天文学者

 

 

 はじめての冬休み、宿題の書き初めに「せかいせいふく」と書いて提出してしまうような小学生男子であった。
 担任教師はさすがに首をかしげ、来年からはこう書いてはいけませんよ、とはっきり注意した。やんわりいってもこの児童には通じないとすでに学んでいたからである。じき七歳になる少年はこっくりうなずいた。彼の誕生日は二月十八日、冥王星発見の日であり、これにちなんでメイと名づけられた。ひとはだれしも自分を特別だと感じるものだが、この児童においてその気持ちがひと一倍強いのは命名のせいかもしれないと教師は考えていた。奇抜な名前が流行する昨今とはいえ、第九惑星の名をもらうのはかなり特殊である。度を越して誇大妄想的なのもむべなるかな。
 二年生の冬休み明け。メイが持参した書き初めにはこうあった。
  いっこくいちじょうのあるじ
 この程度なら許してあげましょうか、と担任は思った。むずかしいことばを調べてきたことでもあるし、独立心と向上心が強いのだと肯定的に解釈することもできるし。
 彼の書き初めは三年生で「一国一じょうのあるじ」となり、四年生では「一国一じょうの主」となった。城という漢字を書けるようになるまであと少しであったが、四回目の冬休みを終え書き初めを提出してほどなくメイの人生は止まってしまった。三つ年下の妹といっしょに登校中、交通事故にあったからだ。
 それと前後して。
 地球の反対側では、地味な探査機が地味に打ちあげられていた。体重は約半トン、大きさとかたちはグランドピアノに似る。惑星探査機としては最小最軽量クラスである。その理由は技術革新というプラス事情のためでもあったが予算の制限というマイナス事情のためでもあった。探査計画は国際プロジェクトだが予算は潤沢ではなかった。なにせこの探査機がめざすのはもっとも遠くもっとも小さい九番目の惑星、冥王星だ。その姿は一九三〇年二月十八日の発見以来長らく人類にとって点でしかなく、近年ようやく超高性能大気圏外望遠鏡によって得られた画像ですらまだらもようのビー玉でしかなかった。ひとびとの関心が薄いのはいたしかたない。たとえこの探査機が宇宙開発史上最速のスピードと最新の観測機器類をそなえ、搭載した人工知能によって地球上の管制室と音声会話ができるというむだというか遊びのような革新的機能をそなえていたとしても、メディアの関心をひくことはなかった。だからカウントダウンを見守るのは管制室や技術開発メンバー、ごく少数のコアな宇宙ファンだけというじつにさびしい出立となった。
 しかし探査機当人にとって注目をあびないことなど問題ではなかった。彼の使命、目的とは。
「写真とるぞー」
 その人工知能には開発チームによってカメラマン魂がプレインストールされていた。よい写真さえとれれば周囲がさわごうがさわぐまいが関係ない。むしろ静かなほうが集中できる。
 史上最速の惑星探査機は二〇〇六年一月、やはり史上最強のブースターによって地表から打ちあげられ、九時間後には月の軌道を越え飛行を安定させた。なお、およそ四十年前のアポロ宇宙船は同じ地点への到達に三日半をかけた。それまで交代制で一秒の休みなく探査機をモニタしていた管制室チームはわっと歓声をあげ、巨大なケーキに立てた九本のろうそくを吹き消してから、さっそく探査機の人工知能と通信をはじめた。通信担当の管制官がマイクに口を寄せる。この音声は地表の巨大パラボラアンテナから探査機の背負ったアンテナへむけて光速で飛ぶ。
「ニュープリンス、こちら管制室。きこえますか、どうぞ」
 探査機の名前はサン=テグジュペリの有名なファンタジー小説によっている。計画当初は搭載された七つの観測機器と原子力バッテリからアストロボーイと呼ばれていたが、正式名称として採用するには権利関係がややこしすぎたのである。
 数秒のタイムラグののち返信が入る。この時間差は探査機が遠ざかるほど増大するため自然な会話は不可能となる。だからむだ機能なのである。「はい、こちらニュープリンス。万事順調」探査機人工知能の声は変声前の少年のようだった。「望遠カメラのテスト画像を送信します。どうぞ」
 管制室正面の巨大なメインモニタが切り替わり、探査機からの画像データが映し出された。一枚には遠ざかりつつある地球と月、もう一枚には近づきつつある火星がじつにくっきり映っていた。露出やアングルも完璧である。室内は賞賛の吐息につつまれた。手すきのメンバーは部屋の後方でシャンパンをあけケーキを切った。
「そろそろ眠くなってきました」探査機の声がつづく。「もう、寝てもいいですか。どうぞ」
 飛行安定後は冥王星系接近時まで最小限の維持システム以外のすべての電源をおとしてスリープ状態とする。長い道中は観測業務がないし、バッテリの節約にもなるからだ。その間は管制室側が探査機にかわって姿勢制御や軌道計算を行い、遠隔誘導する。
 フライトディレクタからの了解のサインとともに探査機はスリープに入った。その時刻は奇しくも、地球上で冥王星の名をもらった少年が事故により頭部を強打した瞬間であった。だがその奇妙な符合に気づいた者はだれもいなかった。

 

(続きは本誌でお楽しみください。)

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