close

物語を愛するすべてのひとたちへ-小説すばる

2017年2月号 小説すばる

【短編小説】竹田真太朗「独白」

                 1

 ああ、本当に来てくれたんだ。

 見ましたよ、去年の『密着! 警察二十四時』。刑事さん、格好良かったなあ。凛々しく雄々しく犯罪に立ち向かっていて、憧れました。そう、私は刑事さんに会いたくて、この事件を起こしたんです。

 ……怒らないで下さい。冗談ですよ。その程度のことだけで、こんな事件を起こすわけないじゃないですか。

 安心して下さい。私は確かに「『警察二十四時』に出ていた刑事さんが来てくれたら真相を話す」と誓いました。その約束は守ります。私、こう見えて誠実なんですよ。

 私があの女性とその子ども二人を殺した動機は、過去の怨恨です。

 もっとも、あの女性に対する直接的な怨恨ではありません。私が恨みを持っていたのはその旦那――私と同じ中学に通っていた、同学年の男です。中学時代の因縁から、私は彼を殺したいほどに憎んでいた。だけど彼を殺してしまったら、彼に犯した罪を悔やませることは出来ない。だから彼の奥さんと子どもを殺したんです。高校からの大恋愛の末に結ばれた奥さんと、五歳の息子と、三歳の娘を。

 ……いいえ、いじめではありません。

 刑事さんたちも私と彼の過去については色々と調査なさったようですね。それでいじめの痕跡が欠片でも出てきましたか? 出てこなかったでしょう? 彼はまず、私のことを知らなかったんじゃないですか? 私と彼は同じクラスになったことは勿論、言葉を交わしたことすらありませんから。

 ……いいえ、嘘はついていません。

 誓って、私が彼の家族を殺した動機は中学時代の怨恨です。ある日を境に私は、初恋に溺れる少年のように、寝ても覚めても彼のことばかりを考えるようになった。頭がおかしくなりそうなぐらいに彼のことを憎んでいた。そして頭がおかしくなり、彼の家族を惨たらしく殺した。この事件は、そういう事件です。

 彼はね。

 私の消しゴムを、拾ってくれなかったんですよ。

                 ◆

 怖い顔をしないで下さい、刑事さん。

今度は冗談ではありません。彼は私の消しゴムを拾わなかった。私はそのことを恨んでいた。だから彼の家族を殺した。その流れに嘘偽りは一切含まれておりません。

 詳しくお話ししましょうか。

 それは、私が第一志望にしていた高校の入試で起きました。その頃の私は――まあ、今もですが――緊張しいでね。少し変わったことがあるとすぐにパニックを起こしてしまう心の弱い少年でした。話しかけられても挙動不審になってドモってしまうから、友達も全然いません。でも頭はそれなりに良かったんですよ。他人に注目されるほどではない、本当にそれなり程度の良さではありますが。

 とにかく、一番大事な学校の入試を迎えて、私はカチカチに緊張していました。そうなると私はね、細かいところがすごく気になるんです。時計の秒針が動く小さな音を耳障りに感じたり、普段なら気にも留めないものが妙に引っかかる。そして封をされた入試問題が配られ、試験監督の説明も終わり、後は開始の合図を待つだけという段階になって私が気になったのは、机の上に置いてある自分の受験票でした。ほんの少し、机に対して傾いていたんです。

 私は受験票を直そうと手を伸ばしました。その時、腕が机の上の消しゴムに触れてしまったんですね。弾かれた消しゴムはコロコロと落ちて転がり、私の前の席に座る、私と同じ制服を着た少年の足にコツンと当たりました。

 ……はい、そうです。その少年が、例の彼です。

 私は「あ」と声を上げました。少年は足元の消しゴムを見やり、それから振り返って私を見ました。あの時の彼の瞳は、今でも心に焼き付いています。彼は間違いなく私が消しゴムを落としたことに気がついていました。気がついていながら、ただ冷めた目でじっと私を見つめていました。道端に落ちている空き缶を見る目、とでも表現すればいいんですかね。私を人間どころか、有機物とさえ認識していない。そういう感じでした。

 そのうちに彼は前に向き直り、すぐに試験が始まりました。私の頭はもう、取り返しがつかないほどにパニックです。しばらく消しゴムなしで試験問題を解き、どうにもいかなくなって試験監督を呼んで消しゴムを拾って貰った後もパニックは収まりません。入試の結果は散々。当然その高校は落ち、失敗のショックを引きずりながら挑んだ他の高校にも軒並み落ち、普段の偏差値とは十以上もかけ離れた、名前を書けば受かるような高校に行きました。だけど馴染めるわけもなく、すぐ不登校になりました。彼が私の消しゴムを拾ってくれなかったせいで、私の人生は狂ったのです。

 ……逆恨み?

 恨まれる側は、皆、そう言いますよね。

 

                 (続きは本誌でお楽しみください。)

閉じる