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物語を愛するすべてのひとたちへ-小説すばる

花折

著:花村 萬月

発売日:2018.11.26
定価:1,800円(本体)+税

「文体を持つ作家」が作り上げる特異な作品世界

 兄貴が二人いる。第三回小説すばる新人賞一九九〇年生まれの私に対して第二回の一九八九年生まれの花村萬月(もう一人、八九年生まれの秀才兄貴の草薙渉の方は本業のサラリーマンで出世して業界から立ち去ってしまい不良の萬月兄が残った)。この萬月兄とは、当時私がチェロのレッスン帰りに立ち寄る喫茶店でよく顔を合わせた。そこは、小劇場の演劇関係者や美大の学生、七〇年代のヒッピー崩れなどがとぐろを巻いている怪しげな店で、今回、「花折」を読みながら、私はあの空間に充満していたすえたようなコーヒーのにおいを鼻腔の奥に蘇らせていた。作品の趣きに当時のあの場所の空気が重なるのだ。
「花折」は、漠然とテーマは持っているがモチーフが見つからず、才能はあるが描くことの意味を探しあぐねている画学生が、正体不明のホームレスと出会い、その性交渉と死を通し、画家としての自分の道を発見するまでを描く。と言えば若き芸術家のビルドゥングスロマンを想像するかもしれないがその肌合いはまったく異なる。
 主人公鮎子と他者とは、周辺の男はもちろん兄姉、両親にいたるまで、性を介在して濃厚に繋がっている。外界と内面をつなぐ肥大した意識と過剰な言語と未熟な性のあわいを描くことで、萬月は女性画家の誕生へと物語を導く。
 美大の裏山で出会ったホームレスとの関係は、「身を捧げたつもりでむさぼり食べていた」。まさにファムファタルの羽化ではあるが、一人称「私」の突出した自意識によって語られる物語においては、かわいい女の無邪気な残酷さのかわりに、虚無感と明るい絶望がかわるがわる現れる。画学生としても女としても、「私」は冒頭から性を伴う客体であって、描く者でもなければ性において主導権を握り男を破滅させる魔性の女でもない。
 ホームレスが残していった一枚の絵を鮎子が持ち帰るくだりは印象的だ。天才的才能を持つそのホームレスの前に主人公鮎子が「徹底して見られる者」、「描かれる存在」に過ぎないことが提示される。だが天才もまた、一枚の絵を残した後は、土の上に、醜悪ながらも愛しい痕跡を残して消える。
 作中に使われる「マゾヒズム」とは、進んで客体となる行為と読み替えていいだろうか。
 鮎子と複数の男たちとの関係は、どれも本人が自称するほどの「悪王女」ではなく、才能豊かだが非力な若い女が、ものを描く自分へと第二の羽化を実現するために性と芸術の隘路を疾走する、痛々しい闘いのように読める。
 沖縄で高齢の売春婦の裸体をデッサンする場面は、この物語の白眉だろう。リアルな老女を描いた後に、ホームレスに教えられた「計測」によって、かつての若い娘の姿を紙の上に蘇らせるくだりは感動的だ。作者がそこに時の流れ、女の苦闘の半生、あるいは沖縄の苦難の歴史まで刻んでいったのか否かはわからないが。とにもかくにも若い画家志望の女は、老女の姿に自分の未来を重ねる。そして自分がそうした姿になるときまで描き続けることを決意する。
 ところで老いた売春婦の裸体は美しいものではないが、老いの無惨を教訓や時の象徴として扱いながら、絵画自体は芸術的な光輝を放つ作品はいくらでもある。花や美女と異なりまさに画家の技量とセンスが露骨に現れる題材だろう。数十年後の鮎子は果たしてどのような自分を描くのか、読者としては楽しみなような怖いような気持ちになる。
「花折」のプロット自体は単純だが、その構成には仕掛けがある。物語の中でホームレスに比してさして重要な役割を果たさない、沖縄在住作家「我謝さん」が、純文学では食っていけなくなり、鮎子に取材し「花折」なる小説を「小説すばる新人賞」に応募することになっている。ここでもまた鮎子は客体になっているのが面白い。作中作として入れ子構造になっているわけではないが、この小説が「小説すばる」で連載され、萬月自身もまた「小説すばる新人賞」でデビューした作家であることを考えるとなかなか人を食った話だ。こちらの作品「花折」で我謝さんは小説家として一花咲かせるのか否か、作中では明らかにされていない。
 ところでデビュー作「ゴッド・ブレイス物語」から萬月を読んできた者としては、彼の作品には女性視点の作品がずいぶん多いな、という気がする。
 ヒロインたちの心情にも身体感覚にも当然ながら女性のリアルはない。そのあたりは、私たちより年代が下の男性作家たちが、若い母親や働く独身女性の気持ちを、微塵の不自然さもなくリアルに描き、女性読者の共感を得るのとは対照的だ。
 だが身体性と生活のリアルを棄てて得る美学もある。萬月は神秘的で清冽な、ときに死臭ただよう性の風景を描き出す。この作品でも一気に三オクターブを駆け上がる彼独特のファルセットによって、凄惨で美しい歌を聞かせてくれる。
 同時に花村萬月は最近では絶滅危惧種となった「文体を持つ作家」だ。テーマと題材、視点により文体を変え、通俗的表現にも躊躇のない私などとは違い、常に的確で詩的な言葉を選択し、文章を磨き抜いていく。それが内容の過剰さや過激さと良いギャップを生み出し、特異な作品世界を作り上げている。そのあたりも読者には読み取ってほしい。
 なお、現在、萬月は白血病で闘病中である。骨髄移植は成功したが、予断を許さない病状だと聞く。小説すばる新人賞一九九〇年生まれの妹分として、必ずや復帰を果たしてくれると信じている。病床でも執筆を続けているということで、次にどんな作品をひっさげて娑婆に戻ってくるのか、多くのファンとともに見守っている。

Writing

篠田 節子(しのだ・せつこ)

'90年『絹の変容』で第3回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。'97年『ゴサインタン―神の座―』で山本周五郎賞を、『女たちのジハード』で直木賞を、'09年『仮想儀礼』で柴田錬三郎賞を、'11年『スターバト・マーテル』で芸術選奨文部科学大臣賞を、'15年『インドクリスタル』で中央公論文芸賞を受賞。最新刊は『鏡の背面』。

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