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物語を愛するすべてのひとたちへ-小説すばる

自由なサメと人間たちの夢

著:渡辺優

発売日:2017.01.26
定価:1,400円(本体)+税

人間たちの夢とは、欲望だ――。

 ラメルノエリキサ。第二八回小説すばる新人賞を受賞した、渡辺優のデビュー作のタイトルだ。復讐を生き甲斐にしている女子高生のヒロインが、とある大義名分を手に入れ突っ走る。タイトルの謎に象徴されるミステリ的感性には確かなものがあるのだが、全体で見るとフォームが独特というか、真顔と笑顔の配分が個性的というか。オビに絶賛コメントを寄せた宮部みゆきを始め、本作に対する中毒症状を告白する読者が大挙出現した。
 受賞後第一作『自由なサメと人間たちの夢』は、全七編収録の短編集だ。いずれの短編も、物語の展開にシュールの一語を当て、主人公たちの造形にエキセントリックの評を与えた瞬間、こぼれ落ちてしまう小説的なざわめきに満ちあふれている。
 第一編「ラスト・デイ」は、こんな一文から始まる。〈さて、私は死にたい。本当に死にたい。心の底から死にたい〉。そんなことを言いつつ、「私」は本気で死のうとはしていない。〈一度しか死ねないのにそうやすやす死ぬなんてもったいなくてとてもできない〉。でも、精神科に何度目かの入院をし、何度目かの退院を控えた今日というこの日は、強い思いがあった。〈私はきちんと、今日を最後の日にできるだろうか〉。この一文が出てくるのは、短編全体のぴったり半分のところ。後半では、何が起こるのか?
 第二編「ロボット・アーム」は、まさかの近未来SFだ。職場の事故で右手を失くした男が、高性能な義肢により変心願望を叶える姿が描き出される。第三編「夏の眠り」、第四編「彼女の中の絵」、第五編「虫の眠り」……。第六編「サメの話」は、サメを飼うという夢を叶えるためにキャバクラで働くヒロインが、叶えてしまった後の物語。
 最終第七編「水槽を出たサメ」は、第六編の後日談を描きつつ、短編集全体を包み込むような視点が提示されている。短編集のタイトルである「自由なサメ」と「人間たち」との違いは何か、ということだ。そして、「人間たち」の「夢」とは何か、ということ。
 それは、欲望だ。人間は、動物的で本能的な欲動だけでなく、自分はこういう人間でありたい、自分に足りない部分を満たしたいという欲望を持つ生き物だ。でも─。
 モノや情報に満たされ過ぎた世界で、自分が本当に欲しいものだけが見つからない。本当に欲しいものが何かが、分からない。そんな現代において、渡辺優が生み出す登場人物達はみな、己の欲望を知っている。欲望を叶えるために、がむしゃらに行動している。物語はビター成分が多めで文体は毒気があるにもかかわらず、読めば不思議と生命力が湧き立つ感覚を抱くのは、たぶんそれが理由だ。
 憧れた。うらやましくなった。中毒になってしまうのは、当然だった。

Writing

吉田大助(よしだ だいすけ)

『ダ・ヴィンチ』『STORY BOX』『papyrus』『週刊SPA!』等で書評や作家取材を行っている。

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