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物語を愛するすべてのひとたちへ-小説すばる

百舌落とし

著:逢坂剛

発売日:2019.08.26
定価:2,000円(本体)+税

時代を超えて読まれる普遍的象徴

 百舌とはいったい誰なのか?
 百舌シリーズを読み続けてきて、つねに頭から離れなかったのはこの問いだ。ついにシリーズ完結となったこの『百舌落とし』でも、その謎はつきまとう。
 与党の大物政治家だった茂田井が殺された。上下のまぶたをテグスで縫い合わされるというショッキングな姿で。実はその前に、バードウォッチングが趣味の茂田井が、まぶたが縫われた鳥を撮影していた。飛べなくなった百舌に好奇心を駆られ、近づいてきたほかの鳥を撃つ猟師のおとり作戦だという。その名も「百舌落とし」。茂田井はおとりなのか。だとすれば、誰を狩るための?
 この事件にするどく反応したのが、警察庁で公安畑を歩いてきた倉木美希と、元刑事の私立探偵、大杉良太だ。凶器は千枚通し。その襟元には百舌の羽根が添えられていたと知り、殺し屋の「百舌」が残したサインだとわかったからだ。二人は百舌シリーズ第一作からの「生きのこり」で、百舌が起こしてきた数々の事件に関わってきたのである。
『百舌落とし』は前作『墓標なき街』から引き続き、政権の中枢にいる三重島の周辺で起きている武器輸出に関するきな臭い動きと、三重島の政敵だった茂田井の殺害を始めとする百舌の暗躍が描かれる。倉木と大杉、東都ヘラルド新聞の残間は、この作品では事件を追う立場であると同時に、百舌から狙われる「知りすぎた者たち」でもある。そのため『百舌落とし』は、百舌を追う/百舌から追われる、が同時並行で進み、読者はつねに緊迫感を持ってページをめくることになる。
 百舌とは誰なのか? この人物では、という見立てが早い段階でされるのだが、姿を現さない。読者には、百舌の独白、百舌の視点による描写というヒントが与えられるが、かえって百舌の正体をぼかす煙幕になる。
 百舌シリーズの読者ならご存じのように、百舌は一人ではない。過去の百舌たちは美希や大杉たちに正体を暴かれ、悲惨な末路を辿った。しかし、二度、三度と復活を遂げてきた。シリーズ全編を振り返ると、百舌とは特定の誰かではなく、普遍的な象徴であることに気づく。そこにこのシリーズが時代を超えて読まれてきた理由の一つがある。
 百舌シリーズは本作で七作目(ほかに前日譚といえる『裏切りの日日』がある)。第一作の『百舌の叫ぶ夜』が一九八六年刊行だから、実に三三年の時を経て完結を迎えたことになる。『百舌の叫ぶ夜』で大杉に反抗していた娘のめぐみが、いまでは女性刑事として活躍をしているのだから感無量だ。しかもシリーズは幕を閉じたが、めぐみたちの世代の活躍が描かれていきそうな予感もある。その時、百舌はまた復活を遂げるのだろうか?

Writing

タカザワケンジ

ライター、書評家。雑誌やウェブ媒体で小説家、写真家など表現者への取材・評論を行う。東京造形大学非常勤講師。

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