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物語を愛するすべてのひとたちへ-小説すばる

猫君

著:畠中恵

発売日:2020.1.24
定価:1,450円(本体)+税

江戸を舞台に妖怪たちが暴れ回る「猫版ハリーポッター」

日本人の猫好きは今に始まったことではないようだ。浮世絵でも愛されたモチーフのひとつで、お化けやら妖怪やらにも盛んに描かれている。妖怪といえば水木しげる。彼の本にはこのように紹介されている。
 昔、越後の武士の家で起こった怪異な出来事の正体を主人が暴こうとした。すると家の庭の木の上ですさまじいほどの老猫が、赤い手ぬぐいをかぶり尾と足で巧みに立って四方を見渡していた。主人が射殺したその姿は、尾は二股に分かれ、身の丈は五尺もある大猫だった。(『[図説]日本妖怪大全』「猫又の火」講談社+α文庫)
 水木の描いた猫の妖怪といえば、「ゲゲゲの鬼太郎」に出てくる鬼太郎のガールフレンドの猫娘。ねずみ男の裏切りに鋭い爪と牙で制裁を加える心強い味方だ。
 少し前に小学生の間で大ブームとなった「妖怪ウォッチ」の主人公も猫の地縛霊「ジバニャン」だった。二股に分かれた尻尾と耳カットのある左耳、そして腹巻が特徴で、彼もまた人間の友だちだ。
「猫かわいがり」という言葉があるほど、人は猫に愛着する。言葉がわかればいいのに、と飼った人なら一度は必ず思うもの。時代は違えど、猫に対する人の思いは変わらない。
 日本では、奈良時代に経典などを中国から運ぶ際、ネズミの害を防ぐため一緒に輸入されたらしい。江戸時代後期になると愛玩動物として欠かせない存在となっていった。
 反対に「化け猫」や「猫又」の言い伝えも多く残っている。江戸時代初期の「鍋島藩の化け猫騒動」は講談や歌舞伎にまでなったほど、江戸時代の人にとっても猫は不思議な生き物だった。
 時は徳川十一代将軍家斉公の御代。この将軍、在位期間が五十年と一番長く、江戸後期の町人文化華やかな文化文政時代に重なり、町は活気に満ち溢れていた。
 江戸吉原の髪結い「お香」のもとで十九年と十一ヶ月飼われていた、茶虎で目が金色と銀色をした牡猫・みかんは四ヶ月ほど前から人語を話すようになり、段々、若々しくもなっていた。
 病に臥せるお香は語り始めた。
「みかんはね、猫又になり掛かっているんだと思う。猫は、二十年以上生きると、猫又という妖の者になるそうだよ」
 お香にみかんを預けた若い人が、猫又になるまで大事に育ててくれと言い置いていったのだ。だが余命僅かで約束が果たせそうにない。二叉に分かれた尻尾をまわりが不審がり、みかんの身が危ない。だから逃げてくれという。
 心配は的中し、お香が亡くなると、飼い主を取り殺した化け猫だ、と追手がかかる。助けてくれたのは猫又の兄貴分の「加久楽」と芸者姿の猫又「紅花」、そして吉原の花魁に飼われていた同じ新米猫又の「白花」だった。
 江戸で六つの猫又の陣がそれぞれの縄張りを競い合っていた。女猫又の「花陣」と「姫陣」、男猫又には「祭陣」「武陣」「黄金陣」「学陣」があり、猫又になるとどこかの陣に所属しなければならない。みかんは両国の盛り場を縄張りに持つ祭陣の猫又となり、新しく明楽という名を貰った。
『猫君』はこの猫又一年生たちが江戸城内にある学び舎「猫宿」で修業し、一人前になるまでの物語である。みかんの仲間、新入生は各陣あわせて二十匹。猫又になったばかりとはいえ、二十年も生きているだけに個性はそれぞれ強烈だ。
「猫宿」は将軍公認。家斉公は猫又の最大の味方である。新人猫又のなかに一人で六陣を相手にできる、神のごとき別格の強さを持つ「猫君」が現れると聞き、将軍みずから探し出そうと画策する。艶福家としても知られ、多くの子を生した家斉は、その閨閥で幕末に大きな影響を及ぼすが、果たして猫又たちも何か関係していくのだろうか、と想像は膨らむ。
 一人前になるため、師匠や将軍、陣の長たちから様々な試練を押し付けられるが、みかんたちは仲間で力を合わせて解決しようと奔走する。さて、その騒動の顛末は……。
 いやはや楽しい。『しゃばけ』の若だんなに憑いた妖とは違い、猫又は身近に居そうな存在だ。その上、歴史の大変革期にも猫又は活躍していた。「猫宿の長」をはじめ、みかんをお香に預けた「和楽」の正体には驚かされた。
 みかんが仲間と学ぶその姿は、さながら江戸の猫版ハリーポッター。猫又が滅びかねないほどの危機を何度も乗り越え、六つの陣の今がある。日の本にはほかに河童や天狗などの妖も存在している。それらとの闘いもありそうだ。果たして猫又の救世主「猫君」は現れるのか?
 それにしても、金を稼ぐために猫宿の仲間が考えた仕事が秀逸だった。そうだよな、あれしかないよな、とほくそ笑む。
 みかんたちがどんな猫又になっていくのか、続巻を楽しみに待つことにしよう。

Writing

東えりか(あづま・えりか)
千葉県出身。書評家、書評サイト「HONZ」副代表。北方謙三の秘書を務め、書評家として独立。『週刊新潮』『読売新聞』『小説宝石』『ミステリーマガジン』などで、小説からノンフィクション、人文書まで幅広く書評を行なう。

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