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物語を愛するすべてのひとたちへ-小説すばる

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木もれ日を縫う

著:谷 瑞恵

発売日:2016.11.04
定価:1,300円(本体)+税

現代エンターテインメントとしての見事さ

 三姉妹の物語である。長女絹代四十歳、次女麻弥三十六歳、三女紬二十五歳。絹代は世田谷の高層マンションに住み、何一つ不自由のない生活を送っているが、夫は育児に協力してくれず、ママ友たちとも本音で話せず、これでよかったのかという思いの中にいる。倉庫会社の独身寮に住んでいる次女の麻弥は、結婚願望がなく、自分がオジサン化していることに気づいているが、このまま年取っていくだろうと漠然と考えている。三女の紬は服飾メーカーに勤めているが、新しい洋服、アクセサリーをいつも同期に真似されて心穏やかでない。尊敬できる先輩もいるが、本当に尊敬できるのかどうか、少し不安だったりもする。ようするにまだ、自分の仕事に自信がない。
 山あいの町を捨てて都会に出てきたこの三人、みんな東京に住んでいるのに行き来がなく、辛うじて携帯の番号を知っているのみ。そういう三姉妹である。
 ここから、この三人がそれぞれ、仕事に恋に生活に新しい局面を迎え、希薄だった姉妹の絆も取り戻していく─という話を想像するのはたやすい。よくある話でしょ、と斜にかまえたくもなるが、そう思って読み始めると、意外な展開になるので驚く。
 一年半前に失踪した母親が、「遅かったなあ。だいぶ待ったんやでえ」と、まず紬の前に現れるのだ。しかもその母親が、記憶の中の母親と微妙に違うような気もするので、紬は戸惑う。
 彼女たちの前に現れた人物は、本当に本物の母親なのか。この謎はずっと続いていく。三姉妹の恋と仕事と生活の新展開を描くはずの物語が、このためにどんどんズレ、奥行きを増していくことに留意。
 実はこの長編、パッチワーク小説でもある。パッチワークを趣味としていた母親の影響を受けて、この三姉妹はパッチワークをやはり趣味にしているのである。長女の絹代はまだ実際に作っていないけれど、これも時間の問題だろう。お守りとしてパッチワークを手渡しにきた母親が本当の母親なのかどうか。それをここに書いてしまっては読書の興を削ぐことになるので控えるが、ヒントとしてこれだけは書いておく。古書店主の柳川   太は三女の紬に次のように言うのだ。
「本物かどうか、重要ですか?」
 この台詞が効いている。
 長女絹代のくだりに生の感情が表出する箇所があって気になるものの、なあに、大人向け小説に踏み出したばかりの作家なのだから、これからもっと洗練されていくだろう。作者の谷瑞恵はライトノベルの作家としてはベテランだが、ラノベといって侮るなかれ。本書を読むかぎり現代エンターテインメントとして見事に成立している。

Writing

北上次郎(きたがみ じろう)

‘46年東京都生まれ。文芸評論家。各紙誌に書評を執筆。

エッセイスト・目黒孝二と競馬評論家・藤代三郎名義での著書も多数ある。

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