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物語を愛するすべてのひとたちへ-小説すばる

抵抗都市

著:佐々木譲

発売日:2019.12.13
定価:2,000円(本体)+税

”改変歴史”SFと真っ向勝負する新たな警察小説

もしも日本が日露戦争に敗北していたら……。佐々木譲『抵抗都市』は、そんな〝もうひとつの大正〟が背景。
 ポーツマス講和条約が結ばれたものの、外交権と軍事権はロシアに委ねられ、ロシアの統監府が日本を統治している。政府はこれを「二帝同盟」と呼び、対等の関係だと強弁するが、ロシアの属国も同然ではないかとの反発は強く、欧州戦線への派兵をめぐり、火種がくすぶる。
 作中の現在は、〝御大変〟と呼ばれる(敗戦に伴う)大きな体制転換から10年余を経た1916年10月。警視庁刑事課の特務巡査・新堂(30代前半)は、西神田署のベテラン刑事・多和田とコンビを組み、水道橋近くの日本橋川で他殺体が見つかった事件の捜査にあたる。
 ロシア統治と言っても天皇制と大日本帝国憲法は維持されているが、この10年でずいぶん風景が変わっている。その変貌ぶりが、捜査の進展と並行して、限りなくリアルかつ魅力的に描かれてゆく。


(統監)公邸から、神田川にかかるカフィドラーリヌィ橋、つまり通称聖堂橋を渡り、馬場先門前、そして芝公園まで延びている道は、クロパトキン通りと改称された。公邸から日比谷にある統監府まで、統監が毎日通う大通りである。事実上、公邸を出て道なりに走れば、統監府に到着できるのだった。
 クロパトキン通りの小川町交差点から北の一帯は、ロシア人街である。復活大聖堂の周辺から統監公邸のある本郷台の高台あたりまでには、統監府の幹部職員や軍の将校、それに金持ちのロシア人たちが屋敷を構えて住んでいる。(本書85p)


 このように、現実とは別の歴史を背景にした作品を、SFでは〝改変歴史もの〟と呼びならわしている(過去に遡って歴史を変えることに主眼がある場合は、〝歴史改変もの〟と呼んで区別することが多い)。英語圏では年間最優秀改変歴史小説を顕彰する賞もあるくらいで、サブジャンルとして確立している。
 警察ミステリーと相性がいいのも改変歴史SFの特徴。たとえば、主要SF賞三冠に輝くマイケル・シェイボン『ユダヤ警官同盟』では、アラスカ州南部の島にユダヤ人の大都会が誕生した時間線を背景に、酒浸りの中年刑事が事件を追う。ナチスと手を結んだ英国を舞台とするジョー・ウォルトン《ファージング》三部作の冒頭では、ロンドン警視庁の警部補が下院議員変死事件の捜査に加わる。また、'19年1月に出た大沢在昌『帰去来』では、主人公の女性刑事の意識が改変歴史世界の自分自身に転移する。
 第二次大戦で枢軸国側が勝利していたら―という設定も定番で、ドラマ化もされたP・K・ディックの代表作『高い城の男』が有名。同様の設定を借り、日本側に焦点を当てたピーター・トライアス『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』では、主人公が特高警察の女性捜査官とタッグを組む。もっとも『抵抗都市』が直接参照しているのは、レン・デイトン『SS‐GB』だろう。同書では、英国がナチスに降伏した世界を背景に、ロンドン警視庁殺人課の警視がベルリンからやってきた親衛隊大佐の下で捜査にあたる。
『抵抗都市』は、こうした改変歴史警察小説の名作群と真っ向勝負して一歩も引かず、新たな1ページをつけ加えた。
 それにしても、幾多の名作警察小説を書いてきた佐々木譲が、なぜ改変歴史SFを選んだのか。連載開始時の著者インタビュー(聞き手・忍澤勉)によれば、「今、私がSFという形式を通して書きたいのは、近未来の日本がどうなるのか、ということです。私の心の底には、今という時代への不安と恐怖感があります。『抵抗都市』では日露戦争に負けた世界を書きますが、むしろ問題意識は明日の日本、ごく近未来の日本なんです。それに関して私が一つの仮説を提示する時に、警察小説の様式では難しいけれど、歴史改変SFなら可能になることがあります。(中略)SFの面白さを堪能していますよ」(小説すばる'18年10月号)
 小説後半では、事件の思いがけない背景が明らかになり、統監府保安課や官房室(警視総監直属の高等警察)も加わって、虚々実々の情報戦が始まる。大枠はタイムリミット・サスペンスなので、展開がものすごくスピーディーだが、普通の歴史ミステリーと違って何が起きるかまったくわからないのがミソ。
 しかし、これだけ魅力的な世界を1冊だけで捨てるのはもったいない―と思っていたら、どうやら続篇の予定があるらしい。また、〈オール讀物〉でスタートした連作『帝国の弔砲』も、著者のツイートによれば、〝『抵抗都市』からつながる、「少しずれた20世紀」が背景の冒険小説〟とのこと。遅れてきたSF作家・佐々木譲の活躍が楽しみだ。

Writing

大森望(おおもり・のぞみ)
'61年高知県出身。書評家、翻訳家。'14年、責任編集の『NOVA』全10巻で第34回日本SF大賞特別賞、第45回星雲賞自由部門受賞。著書に『21世紀SF1000』『新編 SF翻訳講座』『現代SF観光局』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など多数。

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