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物語を愛するすべてのひとたちへ-小説すばる

宗棍

著:今野敏

発売日:2021.6.4
定価:2,090円(税込)

琉球空手の真髄と『宗棍』の射程

 今野敏は、警視庁所轄署の強行犯係を舞台にした〈安積班〉や、悪役にされがちな警察庁のキャリアを主人公にした〈隠蔽捜査〉など、人気シリーズを幾つも手掛ける警察小説の名手である。一方で、沖縄の伝統的な空手を教える「少林流空手今野塾」の塾長の顔もあり、松濤館流を開いた富名腰義珍を主人公にした『義珍の拳』、沖縄の武術「手」を広めた本部朝基を描く『武士猿』、喜屋武朝徳の波乱の人生を追う『チャンミーグヮー』、明治政府が琉球を沖縄県として日本に組み込んだ琉球処分に至る激動の時代を生き、反ヤマトの活動も行った松茂良興作に着目した『武士マチムラ』と、実在した空手家の伝記としても、武術小説としても秀逸な〈琉球空手〉シリーズをライフワークにしている。
 その待望の新作が、琉球王国の末期、国王に「手」を指南した松村宗棍の生涯を活写した『宗棍』である。〈琉球空手〉シリーズは、それぞれが独立した物語なので本書から読んでも問題ないが、『武士マチムラ』には興作の師匠として宗棍が登場するなど繋がりもあるので、続けて読むと新たな発見も多いだろう。
 友達のトゥクを救うため、乱暴者のサンラーと戦った松村は、士族の男の仲裁を受ける。男に鉄拳を打ち込むことができたら褒美をやる、といわれた松村は、何度も拳を叩き込もうとするが気が付くと地面に倒れていた。この士族こそ有名な「手」の遣い手・照屋親雲上で、すぐに松村は弟子入りを願い出た。照屋は、本格的な入門が首里王府の登用試験「科」の合格後になった松村に、両手を突き出したまま腰を落として膝と同じ高さにする「馬歩」を続けるように命じる。
 元服し名乗りを宗棍とした松村は、トゥクから地頭代の娘で美少女のチルーが、「手」の勝負に勝った相手と結婚するらしいと聞き、恋愛感情というより武術家としての興味から勝負を挑む。宗棍は負けた男たちに話を聞き、チルーは照屋と同じ「力を奪う」技が使えると確信する。戦う前の宗棍は、常に相手の得意技を封じ、自分の持ち味を活かす方法をロジカルに組み立てるが、ここには犯行方法を推理するハウダニットもののミステリーのような面白さがあり、長年、ミステリーの第一線で活躍してきた著者の持ち味が遺憾なく発揮されている。
 本格的な指導を始めた照屋は、宗棍が論理を重んじていると気付き、頭ごなしに命令したり、ひたすら反復練習をさせたりせず、修行の意義を言葉で説明する。後に師匠になった宗棍も弟子に合わせた指導法を心がけるようになるが、この展開は、よき導き手には何が必要かを教えてくれるだけに考えさせられる。
「科」に合格した宗棍は、勝負を挑まれた仲本に勝ったことが噂になり、王の護衛役を決める御前試合に出場する。宗棍は、小柄ながら独特の雰囲気を醸す永山が気になってしまう。試合中に相手を小馬鹿にする言葉を平然と吐く永山は、下馬評が高かった相手を次々と撃破し、決勝戦で宗棍と当る。照屋から学び「勝とうとする必要はない。負けなければいいんだ」という「手」の理想を追究する宗棍と、勝利にこだわる永山は宿敵となり、繰り返される二人の戦いは、「手」の極意とは何か、なぜ人は武術を学ぶのかを問い掛けていくことになる。
 宗棍と永山の関係は、精神の剣を目指す宮本武蔵と功利の剣を遣う佐々木小次郎の決闘に向けて物語が進む吉川英治の名作『宮本武蔵』を彷彿とさせるので、時代小説ファン、剣豪小説ファンはすんなりと作品世界に入れるはずだ。
 宗棍が活躍した頃の琉球王国は、清の冊封下にあると同時に、武力侵攻を受けた薩摩藩に支配される両属状態にあった。そのため薩摩藩は琉球王国を見下し、琉球人は薩摩藩に反感を抱いていた。このような時代に宗棍は、薩摩藩内にある琉球館勤務になる。琉球人は琉球館からの外出が制限されていたが、剣術の示現流に興味を持った宗棍は、指南してくれる薩摩藩士を捜し始める。示現流は藩外への伝授が禁じられた御留流なので、そのような人物はいないと思われたが、「手」を教えてくれるなら示現流を手ほどきするという伊集院弥七郎が現れる。
 琉球王国と薩摩藩は友好関係にはないが、互いに実力を認め合った宗棍と弥七郎は武術談義を通して結び付きを深めていく。ここには、関係が悪化している国であってもスポーツや文化を軸にすれば相互理解の道が開けるというメッセージがあり、作家で武術家の著者でなければ深められなかったテーマといえる。
 宗棍は、琉球の伝統に、清の武術、薩摩藩の示現流のエッセンスを加え独自の「手」を作った。この姿勢は、日本と東アジア諸国が政治的な対立状態にあり、基地問題や経済振興策をめぐって沖縄県と本土の思惑の違いが浮き彫りになった時代に、確執を乗り越え共生への一歩を進めるヒントも示してくれるのである。

Writing

末國善己(すえくに・よしみ)
文芸評論家。1968年、広島県生まれ。時代小説やミステリーを中心に評論、解説、アンソロジーの編著を手がける。最新の編著は「朝日文庫時代小説アンソロジー『いのち』」。

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