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物語を愛するすべてのひとたちへ-小説すばる

天龍院亜希子の日記

著:安壇 美緒

発売日:2017.03.05
定価:1,400円(本体)+税

手の届かない誰かを信じるということ

 人間の関節は213個ある/大学から昨日通知が来て進級できることになった。この頃人付き合いが致命的にできなくなってしまった。恋人が自宅に来てくれるがどんどん私の食器を割ってしまうので嫌だ。人間の関節は213個あると講義で聞いたが、ほとんどの関節を我々は自在に動かすことはできない。たとえば、中耳にある微小な振動を伝える骨の関節など。(2009年3月)


 シェパード/実家の夢を見た。庭が光に包まれていて、昔飼っていた犬がでてきた。最期は乳癌で死んだ。私のひとつ年下の犬だった。夢から犬の最期のことを思い出してしまい、起きぬけにすこし泣いた。(2006年4月)


 私も天龍院亜希子と同じように、誰に読ませるでもないウェブ上の日記を書いていました。書き始めたときはまだ思春期で、そのうちウェブ日記サービスの時代は終わり、私は大学へ進学するために地方都市から上京し、ブログを書いたり、職を得て働いたり、SNSを始めたりして、もう長い間、身近なことをウェブ上に書いています。
 主人公である27歳の田町譲は、ある日ひょんなことから小学校の同級生、天龍院亜希子のブログを見つけます。彼女の日記は、誰かとの関係を思わせるような毎日のできごとが、誰に見せるためでもなくリアルタイムで書かれているものでした。彼女と同じように記録をしていた約10年前のウェブ上のログを振り返ると、当時の親密な人間関係は既になくなっていることが多く、絡まったところを切ってそのまま置いてきたようなことがしばしばで、自分の情けないところ、乏しいところを突きつけられるようでした。10年経った今は、思いもよらない場所で、当時は全然関係なかった人と生きています。皆さんは、どうですか。
 田町譲は物語の中で運命的な出会いを経験します。それは恋人の父親との出会いです。自分の家族でもなく、自分の恋人でもなく、恋人の家族が主人公を最も精神的に支えてくれる。堕ちたヒーロー、もう会うことのないだろう過去の同級生、手の届かない誰かを信じることが、それが届かなくても、どん底の自分を奮わせるということを、恋人の父親から彼は教えられるのです。
 田町譲と天龍院亜希子の、決して交わらず、その上あっけなく消えてしまう関わりに、それでも望みがあるのはどうしてか。先のことは何もかも見えない状況で、私たちはこれから誰とどう生きようか。この物語のことを、私はあらゆる人と語り合いたいと思います。

Writing

生物群(せいぶつぐん)

東京在住のインターネットユーザー。twitter ID:@kmngr

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