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物語を愛するすべてのひとたちへ-小説すばる

978-4-08-771045-8

今ひとたびの、和泉式部

著:諸田玲子

発売日:2017.03.03
定価:1,700円(本体)+税

人生を歌に託して、数多の苦境を乗り越えてきた女性の一代記。

 和泉式部、という名前を最初に知ったのは百人一首だった。
「あらざらむこの世のほかのおもひでに今ひとたびの逢ふこともがな」
 本書の冒頭にも、この歌が出てくる。兼参議(藤原兼経)が、この歌は(和泉式部と)兄との悲恋を詠んだものだ、と自慢げに語ると、別の一首「黒髪のみだれもしらずうちふせばまづかきやりし人ぞこひしき」をあげて、この歌こそが、和泉式部の理想の男である父(源頼光)を偲んだものだ、と左衛門尉(源頼国)が胸を張る。その場にいるのは、赤染衛門の呼びかけで、亡くなった和泉式部を偲ぶために集まった、赤染衛門とその娘・江侍従。江侍従の夫・藤原兼房、源頼国、藤原兼経、藤原実経、藤原公成だ。それぞれに式部と縁ある面々である。
 物語は、江侍従と和泉式部自身の、二つの視点で交互に語られていく。時の権力者、藤原道長から「浮かれ女」と烙印を押された、恋多き女だった式部が、本当に心魅かれていたのは、そして、最期にその名を呼んだ相手は、誰だったのか─。
 最初の夫と別れた後、親王である弾正宮と恋に落ち、弾正宮亡き後は弾正宮の弟である帥宮と深い仲になり、子までなした。『和泉式部日記』は、帥宮の死後、その思い出のよすがに、と書き記したものである。その後、彰子中宮本人から請われて、宮中に出仕。そこで、道命阿闍梨と出会い、式部は再び激しい恋に身をやつす。道命は式部のために還俗さえ厭わなかったのだが、道長からの横槍が入り、式部は道長の家司である鬼笛大将こと藤原保昌の妻になることに。
 実は式部の夫が式部を捨てたことにも、道長がかかわっており、式部の人生は道長によって何度も狂わされている。この道長がまぁ、腹黒いことこの上なし、の嫌なヤツ。権力を笠に着て、やりたい放題、横紙破りまくり。けれど、その都度、式部を支えたのは歌だった。やりきれぬ悲しみも、狂おしいほどの愛も、身を切られるような別れも、その思いの丈を歌に詠むことで、式部は自分を保ってこれた。同様に、恋もまた……。
 遠い平安時代のヒロインなのに、いつも自分の気持ちを偽ることなく、しなやかに、そしてしたたかに生きた和泉式部の姿は、現代を生きる女性にとっても、眩しく映るはず。それは、これほどまでに才能豊かで魅力的な和泉式部という女性を、単なる〝恋多き女〟で括ってなるものか、という諸田さんの義憤のようなものが、本書を支えているからだと思う。式部の歌が永遠であるように、式部自身のこともまた、記憶していて欲しい。人生を歌に託して、数多の苦境を乗り越えてきた一人の女性がいることを忘れないで。そんな諸田さんの声が聞こえてきそうな一冊だ。

Writing

吉田伸子(よしだ のぶこ)

‘61年青森県生まれ。書評家。
各新聞・雑誌に書評を掲載中。

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