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物語を愛するすべてのひとたちへ-小説すばる

ラブセメタリー

著:木原 音瀬

発売日:2017.08.25
定価:1,300円(本体)+税

愛することを許されない人間の葛藤を描く

 幼児を性的対象とする者による犯罪が後を絶たない。そのような事件を目にするたびに、苛立ちとともに、事件の詳細からは目を背けたくなる。あまりにおぞましく、痛ましいからだ。ゆえに、犯罪者の本当の心の奥に耳を傾ける者は少ない。けれども、忌み嫌い、目を背け、異常者の犯罪とレッテルを張り、事件を忘れてしまうことによって、失うものも大きいのかもしれない。
 本書は、そのような重いテーマを投げかける、小児性愛者をテーマとした短編連作集だ。表題作「ラブセメタリー」は、精神科クリニックの看護師で、同性愛者である町屋智が主人公。女性院長は過去のトラウマから患者と二人きりになることを恐れている。町屋はカーテンの向こうで待機する役目だ。
 そこにやってきたのは、三十代半ばで姿勢がいいのにも拘わらず絶望的な目をした患者である久瀬圭祐。彼は性的衝動を抑えられずに犯罪に走りそうな自分が怖いと告白する。
「……僕は大人の女性を愛せません。僕の好きな人は、大人でも女性でもないんです」
 子供にしか欲情しないということは、罪を犯さない限り、性行為は成立しない。だから、性欲を減退する薬を処方してくれと頼むのだ。
 思いの叶わない相手だとわかっていても、町屋は久瀬に惹かれていく。「なぜ子供しか愛せないのか」という町屋の質問に、久瀬は「どうして君は、子供を愛する大人にならなかったんだい」と問い返す。自分は子供を性的対象にしたいと願ったことは一度もなかったのに、生まれた時から子供しか愛せなかった。誰からも永遠に理解されないと吐露する。自分ではどうしようもない性的指向により絶対に愛が成就しない人間の絶望と、善意で接しているつもりの周囲の人間の心の奥に隠れた偏見や差別意識、冷酷さをあぶり出す手並みは鮮やかだ。
 一方、「あのおじさんのこと」「僕のライフ」では、開き直って何度捕まっても反省することもなく、子供に性的な悪戯を繰り返す元教師のホームレスの物語が紡がれる。悪の澱のような人間でも、生徒から慕われていた善の面も持ち合わせている。
 小児性愛の問題からマイノリティとは何か、規範を超えてしまうほどの性欲とは何か、そして人と人が分かり合い、愛するとは何かという命題に視座を広げていく著者の目線は鋭く、そして慈悲深い。ボーイズラブで地位を確立した著者による初の一般文芸書だというが、万人の心に届く作品として心を強く揺さぶられる。この事件はこうだろう。この人はこういう人間なのだろう。そのように安易に結論づけてしまうことは思考停止につながる。見たくないものを直視し、皮を剝いで肉をむき出しにした先に広がる景色の多様さを、本書によって見るような思いがした。

Writing

河合 香織(かわい・かおり)

ノンフィクション作家。'09年『ウスケボーイズ 日本ワインの革命児たち』で小学館ノンフィクション大賞受賞。著書に『セックスボランティア』『帰りたくない 少女沖縄連れ去り事件』がある。最新刊は『絶望に効くブックカフェ』。

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