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物語を愛するすべてのひとたちへ-小説すばる

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みかづき

著:森 絵都

発売日:2016.09.05
定価:1,850円(本体)+税

月の光に浮かび上がる、教育の理想と現実。

 いわゆる団塊ジュニアのわたしの周囲では、小学校高学年当時、成績のよい子は大体塾に通っていた。目立たぬ成績のわたしは行かない側だったが、長年塾はあこがれと畏怖の場所だ。本書はある学習塾の立ち上げから、理想の教育を追い求める人々の姿を描く。学校教育が太陽なら、塾は月のような存在。太陽の力が絶大だった頃から物語は始まる。
 昭和36年、小学校の用務員・大島吾郎は仕事の傍ら、放課後を利用して子どもたちに勉強を教えていた。ある日吾郎は生徒の母・赤坂千明から新しい学習塾の指導者になってほしい、と誘われる。千明に半ば押されるように借家で学習塾を始めるが、なかなか生徒は集まらない。
 赤坂家の女達は強烈な存在感を放つ。戦後にがらりと変わった学校教育への怒りを、塾設立のエネルギーへと変える千明。娘たちは母の影響を受け、それぞれの教育哲学を持ち始める。高校中退ながら教える力を持つ吾郎は、協力と対立を繰り返しバラバラになりそうな彼女らとともに、理想の塾を形作ろうと努力する。
 塾の経営方針でぶつかり合う場面で、良質な授業が命綱と思う吾郎に対し、千明は言う。
「真なる敵は、あの手この手で塾の足を引っ張る文部省よ」
 落ちこぼれの救済よりもエリートの育成を優先させた教育のゆがみが、塾の非のようにされている、と。日の当たらない子どものために作った塾が、教育退廃の原因とされることへの怒りを爆発させる千明。
 教育とは何なのか。読み進めるほどにわかっていなかったことを痛感した。学校に入学し、テストで成績をつけられ、受験へと追い立てられてきたあの頃を振り返る。教育は大人が子どもへ、先生が生徒へ、川の流れのように一方通行だ。一旦流れから外れてしまうと、元の場所へ戻るのは難しい。この国では教育は誰もが平等に受けられるはずなのに、現実はそうではなかった。そこで月は太陽に取って代わろうとしはじめる。
 元々教育は受ける当人よりも、周囲の大人の方が高い理想を求めるものだろう。自らには与えられなかったからこそ、子どもにはより良い教育を受ける機会を与えたいというケースもある。より良い教育がお金で買えるとなれば、こぞって金を出すし、出した分だけの成果を欲する。結果は自明だ。月は当初の目的を失い、偏差値や点数を求める進学塾へと変貌していった。
 教育とは、人間のエゴかもしれない。でもそれだけではないとも思う。たった一度の人生をより豊かに送れるように願って、大人が子どもに贈れる唯一のプレゼント。
 月の光に浮かび上がる理想と現実。真の教育を巡る人間模様に魅せられた。

Writing

中江有里(なかえ ゆり)

‘73年大阪府生まれ。女優・作家。

著書に小説『ティンホイッスル』、エッセイ『ホンのひととき 終わらない読書』など。

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