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物語を愛するすべてのひとたちへ-小説すばる

さいはての家

著:彩瀬まる

発売日:2020.1.24
定価:1,500円(本体)+税

家に選ばれる、逃げてきた人々

 家は人が選ぶもの、そう思っていたが、本当は人が家に選ばれているのかもしれない。
 そう思ったのは、ある家で暮らしていた頃のことだ。自分の意志でどこへでも出かけられたのに、なぜか家に閉じ込められている気がしていた。思い切ってその家から離れた時、解放感でいっぱいになった。わたしはあの家に選ばれなかっただけ……今もそんな風に思う。
 本書の「家」も住む人を選ぶ。ふたつの和室と台所、風呂にトイレ、南向きの小さな庭がついた古びた一軒家。
 家に選ばれるのは、どこからか逃げてきた人々だ。一編ごとに住人は入れ替わる。その誰もが自分の居場所を求めて、この家にたどり着いた。
「はねつき」の「私」と野田さんは、かけおちしてこの家で暮らし始めた。小さな庭にトマトやナスの苗を植えてみたが、夏の収穫までここにいられるのか「私」は不安になる。
 これまで人に裏切られ、利用されてきた「私」。一方、かけおちは周囲の人を裏切り、迷惑をかける行為だ。そうしてでも二人は何もかも投げ捨てて逃げたかった。
 後悔も罪の意識もないわけではない。「私」がされたこと、してきたことに無自覚を装うのは、生きるための術なのだろう。
 もしも自分の本心に気付いてしまったら、おそらく正気でいられない。ラストに向けてそれに気付き始めた「私」の変化が恐ろしく迫ってきた。
「ままごと」で逃げてきたのは、実家にお見合いを強いられた満と、その妹だった。見た目しか取り柄のない姉を、気が強くて賢い妹の「私」は冷ややかに見ていた。
 まるでままごとのような姉の生活が、いつしか実感を持ったものへ変わっていくとき、「私」も本当の自分に目覚める。
 本書の庭は、時に古びた家屋よりも存在感を示す。樹木や雑草、住人が植えた野菜の苗やハーブ類、虫やへびなどの生物など生命が絶え間ない。庭は前の住人の気配を残しながらも、自由に生い茂っていく。
 そして見ているはずだった庭から住人は見られ、やがて自身の心の中を覗き込む。そこに自分の居場所を見つけていく。そう、さいはての家は最終地点ではない。ここから再出発する人々の家だ。
 人間は人生の三分の一を眠って過ごすというが、ここに逃げてきた人々はやたらと眠る。眠って現実から逃れているのか、これまで得られなかった安堵をむさぼっているのか……どちらにせよ、安全だと思えるから眠れる。そうして眠りから覚めるのは、これまでと違う世界─。本書という夢を読み終えたあと、どうやら違う世界に覚醒したみたいだ。

Writing

中江有里(なかえ・ゆり)
'73年大阪府生まれ。女優・作家。著書に『残りものには、過去がある』『トランスファー』など。

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