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物語を愛するすべてのひとたちへ-小説すばる

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あのこは貴族

著:山内 マリコ

発売日:2016.11.25
定価:1,500円(本体)+税

見え難い階級社会を描いた現代版『斜陽』

 この小説は、フィクションとしてだけでなく、極めてリアリティの高いルポとしても楽しむことができる。慶應義塾大学の付属小学校である幼稚舎出身の幸一郎と、彼の妻となる名門女子大(明示されていないが恐らく聖心女子大と推測できる)出身の華子を中心とした、一般には見え難いものの、東京に確固として存在する「階級社会」、言わば東京版「ゴシップガール」の世界観が詳細に描かれている。「格差社会」がキーワードになる2000年代の遥か前から存在する、しかし恐らくは99%の日本人が知らない世界である。
 かくいう私も慶應大学出身。しかし、私には愛校心が少ない。何故なら、「私ごときが慶應生と名乗って良いのか」というコンプレックスがあるからだ。その源泉には、地方の漁師町出身で大学から慶應に入った登場人物・美紀のコンプレックスと同じく、慶應の「幼稚舎」という存在がある。
 私の大学時代、幼稚舎出身のゼミの同期の男子が「幼稚舎から友達の女子がどこの馬の骨か分からないやつと結婚することになって心配してるんだ」と言ってきた。てっきり相手は「半グレ」か何かだと思い「それは心配だね、相手はどんな人?」と彼に聞くと、「大学から慶應のやつで電通に就職したんだ」と真顔で言われて腰を抜かしそうになったことがあった。幼稚舎出身の彼からすれば、大学から慶應に入学した人は〝外〟の人で、私自身も彼に純粋な仲間と思われていなかったことに気づいた。
 このように、本作を読むと、この格差の時代に、その象徴である特権階級の実態を覗き見することができる。同じく特権階級を描いた太宰治の小説『斜陽』のように、彼らには庶民には分からない貴族ならではの苦しみや、没落することに対する大きな恐怖感があり、「恵まれた人たちも自分たちと同じように(或いは自分たち以上に)苦しんでいるんだ」と、庶民である読み手が大変勇気づけられる側面がある。
 大学から東京に出てきた美紀は、慶應、特に幼稚舎出身者たちにずっと憧れ続けるものの、終盤、特権階級である彼らが「東京の真ん中にある、狭い狭い世界」の住人であり、人間関係や出来事に何の変化もない生活に満足する、地元に残った「マイルドヤンキー」である弟たちと本質的には同じ存在であると感じ取る。そして、そのどちらでもない自由な立場にいる自分の方が幸せだと気づく。同時に、特権階級の〝中〟にいる華子も、〝外〟の世界で幸せを得るようになる。
 格差が広がり、徐々に階層社会になっている日本で、太宰とは違った切り口の現代版の『斜陽』は、我々が自身の今後の「幸せ」を考える上で大変意義深い材料と言える。

Writing

原田耀平(はらだ ようへい)

‘77年東京都生まれ。慶應義塾大学商学部卒業。

博報堂ブランドデザイン若者研究所リーダー。『ヤンキー経済』『パリピ経済』など。

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