佐藤友哉著『エナメルを塗った魂の比重』
(講談社ノベルス 本体1050円)

おたく記号が氾濫する新感覚ミステリー。
佐藤友哉『エナメルを塗った魂の比重』

 読みながら思わず笑ってしまった。これってまるで、東浩紀のおたく文化論『動物化するポストモダン』を地で行くような小説じゃないですか。東浩紀は、(大塚英志を下敷きに)おたく文化は「物語消費」から「データベース消費」に移行したと語り、小説の例として清涼院流水『コズミック』を挙げるんだけど、おたくデータベースの消費に関する限り、おたく第三世代に属する佐藤友哉(‘80年生まれ)のほうが、清涼院流水(‘74年生まれ)よりはるかに周到かつ自覚的だ。
 本書の現在は1996年(登場人物が一部共通する前作『フリッカー式』は2007年時点の話だから、その11年前の話になる)。
 まず最初に、人肉しか食べられない女子高生・山本砂絵が登場する。彼女は人肉を食べることで、その人間の記憶を見る(事件の関係者を片っ端から食べて真相に迫る探偵! )。
 2年B組の同級生、香取羽美は引っ込み思案な性格で、コスプレが生き甲斐。最初は綾波レイの姿(ブレザー制服バージョン)で登場する。同じクラスの鏡綾子は同人屋で、即売会に獣戦士ガルキーバ本を出品する(その彼女が11年後にはCCさくら本に転んでるのかと思うと感慨深い)。このクラスには古川千鶴という女子生徒を対象にした強烈ないじめが蔓延している。そして、須川綾香という超弩級の美少女が転校してきた日、密室状態の教室で惨劇が起きる……。
 このすさまじい基本設定に加え、作中にはアニメ/漫画/声優データベースから引き出された無数のおたく記号が乱舞する。サイコジェニー、岩男潤子、トロワ×ヒイロ、勇者ダ・ガーン、伊布美奈子、メメクラゲ、諸星大二郎、きんぎょ注意報……。たとえば麻耶雄嵩(おたく第二世代)も、アニメの登場人物名やキメ台詞を引用するが、本書ではその圧倒的な過剰さが小説自体を変質させる。これの前では、高橋源一郎×富岡多恵子の「内輪の言葉」論争さえ牧歌的に見える。
 本格ミステリとは言いがたいものの、個々のモチーフには新本格データベースも存分に活用されている。密閉教室、特殊能力を持つ探偵役、(麻耶雄嵩の「二人桐瑠」的な)ドッペンゲルガー、(浦賀和宏的な)秘密研究所。他人の名前をくりかえし呼び違える榎木津礼二郎の癖が引用され、そこに舞城王太郎の登場人物名が代入される。某ミステリ作家の本名はじめ、ほぼすべての人物名に元ネタがある。「鏡綾子ときせかえ密室」の副題通り、彼ら全員が、おたく文化の倉庫から借り出した衣裳をまとうコスプレイヤーなのだ。
 ある種のライトノベルと同じく、このデータベースを共有しない読者には判じ物かもしれないが、小説としては奇妙にまとまりがいい。おたくエルサレムの最新鋭スペシャル・サンプラー、ターボチャージ付き?
 
  大森 望
‘61年生れ。翻訳家・評論家。
訳書にG・ベア『スター・ウォーズ ローグ・プラネット』。