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物語を愛するすべてのひとたちへ-小説すばる

人間界の諸相 木下古栗 掌編連載

アメトーク読書芸人で取り上げられ注目を集める木下古栗。
ナンセンスの極北を描く鬼才による初の掌編連載。(ときどきエッセイも公開。)

次回は10月17日(火)に「幻の淑女(2)」を更新予定です!

visionary

 経営者兼精神科医、城之内健作は追い焚きした熱々の氷結ストロング風呂に浸かりながら、キャップを開けてペットボトルのコントレックスを一口飲み、さらにそれを額からドバドバと降りかけた。汗だくの城之内の顔面を洗い清めながら、浴槽に空けられた強アルコール度数チューハイの、NASAの技術研究を応用して作られた美しいアルミダイヤカット缶が六つ浮かんだ湯船へ向かって、フランス産の高硬度ミネラルウォーターが流れ落ちていく。その姿をNHK取材班がカメラに捉えていた。
「無個性な入浴をされる方から見たら異常と思われるかもしれませんね」と城之内はカメラに向かって笑う。「しかし、これは私にとってとても大切な時間なのです」
 浴室の外、洗面台の片隅には『入浴の多様性─シャワーだけで済ませたくない!』と題字の躍った台本が置かれている。明らかにドキュメンタリー番組の取材撮影だった。
「私は一応、精神科医の端くれなのですが、現在ではもう診療行為はしていません。もっぱら理事長を務める医療法人、精神科単科病院の経営にあたっています」と火照った顔の城之内はカメラ目線で語り、またコントレックスを一口飲んだ。「経営者というのは大抵、やたらと早起きして自宅の周囲を小一時間かけて散歩したり、近くの公園でランニングをしたり、高級ジム通いをしたりして、汗をかきたがるものです。自分は現場で汗を流していないから、その代償行為として」
「城之内さんの場合、それが」とディレクターが全開のドアの外から合いの手を入れた。
「入浴です」
 なるほどとばかりに頷くディレクターの前では、ずんぐりした体型のカメラマンがカメラを構えており、二人揃って開け放たれた浴室を覗き込むような格好になっていた。
「なぜ、お湯に缶チューハイを入れてらっしゃるんですか?」
「遊び心です」と城之内は爽やかに微笑んで答え、手のひらで氷結ストロングの混入した湯をすくうと、それをピチャピチャと音を立てて舌先でつついた。「人工甘味料がたっぷり入っているから、ちょっと甘くなるんですよ。だから言わば、これは自分を甘やかしてやる時間でもあるわけです」
 それから勢いよく啜り飲み、いきなり盛大に噴き出して激しく咳き込むと、それを自分で苦笑しながら、顔にかかった濡れた長髪を両手で搔き上げ、ぴったりと後ろへ撫でつけた。そして口もとに悪戯っぽい微笑みを浮かべた。
「ではそろそろ、テレビに映せないことでもしますか」
 城之内は湯船に浮かぶアルミダイヤカット缶をひとつ手に取り、そのプルタブを捻り切るようにして分離させると、浴槽の縁にチャカリと置いた。プルタブの取り去られた缶は再び湯船に浮かべた。続けてまた別の缶を手にすると、そのプルタブも取り外して浴槽の縁に並べ置く。城之内はそれを繰り返していき、ほどなく六つの缶すべてからプルタブを取り外すと、次にそれらを最後の缶の中に、ひとつずつ入れていった。そして六つのプルタブを残らず飲み口から落とし込むと、その缶を左手に持ったまま、首にかかった黒紐のネックレスの先端の、十字型の金属を右手でつかみ、おもむろに口もとに近づけた。
「VAMO LÁ!」
 突然の雄叫びを上げるなり、城之内はすばやく十字型の金属を口に咥え、ピーピピピッピーッとけたたましく吹き鳴らした。それはサンバ・ホイッスルだった。と同時に空いた右手で湯に浮かぶアルミダイヤカット缶をひとつ取り、繰り返し吹き鳴らし始めた笛の音に合わせて、それを浴槽の縁にリズミカルに叩きつけ始める。ピーピピピッピ・ピピッピピッピ、ピーピピピッピ・ピピッピピッピと吹き鳴らされる笛の音、それに合わせてカンッカカカッカ・カカッカカッカ、カンッカカカッカ・カカッカカッカと打ち鳴らされるアルミダイヤカット缶の音、さらにそれに加えて、左手のプルタブ入りの缶もシャカシャカと振り鳴らし始めた。
 ホイッスル、パーカッション、シェイカーの一人三役をこなして忙しなくサンバのリズムを奏でながら、湯船の中、城之内は上体をノリよく揺らしまくり、そうかと思うと突然、咥えていたホイッスルを吹き飛ばすようにして大口を開け、明らかにまた雄叫びを上げるべく思いきり息を吸い込んだ。
「SEÑORITAS!」
 腹の底から野太い声が響き渡るなり、ドタドタと足音が聞こえ、勢いよく脱衣所兼洗面所のドアが開け放たれた。見ると情熱的な赤い布地にスパンコールがちりばめられたミニ丈の、胸下に短冊状の房飾りが垂れるキャミソールを着たダイナマイトBODYのブラジル娘が二人、快活そうな微笑みを湛え、切りっぱなしの裾が短すぎるデニムのホットパンツから肉がはみ出た尻を振り振り、小刻みなステップで踊り入ってくる。色とりどりの宝石のあしらわれた首飾り、銀光りするヘソのピアス、ミニ丈のキャミのスパンコール飾りが照明に反射して煌めき、胸下に垂れる房飾りが揺れに揺れ、どう見てもノーブラのまろやかで張りのある乳房、たっぷりと豊かな尻肉も揃って着衣から溢れんばかりにぷるぷると揺れまくる。カンッカカカッカ・カカッカカッカと引きも切らずに打ち鳴らされるパーカッション、そしてシャカシャカシャカシャカと振り鳴らされるシェイカーの合奏がその女体の躍動を浴室内から煽り立て、するとノリよく踊るブラジル娘二人は揃って首の後ろに手をやり、そこで結ばれていた紐を引っ張りほどいて、背中丸見えのホルターネックだったミニ丈のキャミをはらりと脱ぎ捨てた。ぽろんぽろんと続けざま大ぶりの乳房の果実がこぼれて、ブラジル娘二人はくねくねと扇情的に腰を揺らしながら、両の手のひらを左右の乳頭にそっとあてがって円を描き、ピンクアーモンド色の乳首をぴんと立たせる。その姿をNHK取材班がカメラに捉えていた。
 いまやトップレスのブラジル娘二人は妖艶な微笑みでウインクすると、ディレクターとカメラマンの頰に順繰りにかるくキスをくれて浴室に入り、二人だけでほぼ満杯の洗い場の上、それでも小刻みにステップを踏み、尻を振りまくり丸出しの乳房を揺らして情熱的に踊り狂う。城之内はその女体の躍動を微笑んで横目に見上げながら、なおも右手のパーカッションと左手のシェイカーをリズミカルに奏でていたが、そこでブラジル娘二人はすっと両手を前へ差し出したかと思うと、あでやかに腰をくねらせつつ、左右の手で交互に宙を撫で上げるような、誘惑めいた手招きを見せ、それは城之内に立ち上がるよう促していた。城之内はその手振りに誘われて、湯船の中、浴槽の縁を叩く右手の缶を不意に止めると、左手のシェイカーだけ振り続けながら立ち上がり、するとブラジル娘の片方は城之内の頰にかるくキスをくれて、その首にかかったサンバ・ホイッスルを奪い取り、もう片方の娘も反対側の頰にかるくキスをくれて、城之内の右手からパーカッションに用いていた空き缶を奪い取り、さらに湯船からもうひとつ空き缶を手に取った。
「VAMO LÁ!」
 今度は娘二人が笑顔で叫び、それを合図に、片方はホイッスルを咥えて吹き鳴らしながら、もう片方は両手のアルミダイヤカット缶をぶつけ合って打ち鳴らしながら、揃ってまた生き生きと躍動的に踊り始める。二人は明らかに城之内を挑発しており、胸を前に突き出しては乳房を揺らし、尻を横に突き出しては腰をくねらせ、脳殺するような目配せを送り、茶目っ気と色気たっぷりに、ちろちろと唇の合わせ目から舌先を覗かせる。すると堪らず、城之内もその場で踊り出した。ざぶざぶ飛沫を撥ね上げて膝まで湯船に浸かる両脚でステップを踏み、左手のシェイカーは依然として振り鳴らしながら、空いた右手でもって、股間に垂れるペニスと玉袋をリズミカルに弾き揺らす。ブラジル娘二人は愉快そうに黄色い声を上げて笑って、それから反撃とばかりに、パーカッションの娘はくるりと半ば背を向けて、城之内の股間の方へ突き出した尻をぷるぷると振りまくり、ホイッスルの娘は左右の手で乳房を抱え持ち、まるで谷間に何か挟み込むようにして、それを上下にゆさゆさと揺り動かす。すると今度は城之内が声を出して笑う。ピーピピピッピ・ピピッピピッピと繰り返し啼くホイッスル、カンッカカカッカ・カカッカカッカと引きも切らずに打ち鳴らされるパーカッション、そしてシャカシャカシャカシャカと絶え間なく振られるシェイカーが互いに互いを煽り立てながら、二対一の、雌雄の身体がひたすら熱狂的に祝祭的に踊りまくり、湯が飛び散り、汗と笑顔が輝き、乳房も尻もペニスも玉袋も揺れて、そのペニスはいつしか急角度にそそり立っている。その姿をNHK取材班がカメラに捉えていた。
「VAMOS! VAMOS!」
 すっかり興奮した城之内は左手のシェイカーの振りを激しくしながら、とうとう右手で完全に勃起したペニスを握り、それも激しく扱き始めた。するとブラジル娘二人は目を丸くして、噴き出しながら互いに視線を交わすと、片方は尻をより突き出して浴槽の縁にのせ、もう片方は洗い場に膝をついて乳房をその隣にのせ、それぞれの部位をぷるぷると震わせて挑発しながら、明らかに待ち受け始める。城之内は両手がほぼ同じ動きで激しくシェイカーを振りペニスを扱きながら、股間の前に陳列された肉感的な尻と乳房の、どちらの谷間も選べないとばかりに忙しなく交互に見やり、そのうちに突然、その光景を網膜に焼き付けんばかりにぎゅっと目をつむると、ああっと極まった喘ぎ声を漏らして股間を突き出した。その瞬間、どぴゅっ、どぴゅっと勢いよく立て続けに大量の精液が飛び出、どくどくとペニスが脈打ち、城之内は想像を絶する快楽に気を失いそうな、白んだ表情でだらしなく口を開け、ひくひくと腰を痙攣させた。それからふっと、全身の力が抜けたような、中腰の前屈みの姿勢に縮こまり、薄く目をつむりペニスを握り締めたまま、しばらく身じろぎひとつしなかった。
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 数分後、そっと目を見ひらき、しんと静まり返った浴室に直面すると、そこにはブラジル娘の姿など影も形もなかった。ドア全開の浴室の外を見やっても、NHK取材班の姿など見当たらない。怪訝そうに眉をひそめて氷結ストロング風呂から上がり、浴室の外に半歩出てみたが、やはり露出度の高いブラジル娘二人も、ディレクターもカメラマンも存在せず、洗面台の片隅には台本など置かれていなかった。
「気のせいか……」
 城之内はふっと苦笑を漏らしたのも束の間、急に恐ろしいほどに醒めた表情になり、おもむろに股間の萎えたペニスを見て、それを根元から、きつい指の輪っかでひと扱きした。亀頭の先端にじわっと透明の残液が滲んだ。城之内はもう片方の手で洗面台の片隅に置かれていた携帯端末を取ると、足元を注意深く見回しながらまた洗い場に入り、それからふと、浴槽と反対側の壁へ目をやって、その下方を舐め回すように凝視した。するとゼリー状の精液がべっとりと付着していた。城之内は右手にもつ携帯端末のカメラ機能を立ち上げ、そこへ向かって構えると、ピントが合うなり、カシャッ、カシャッと立て続けにシャッターを切り、飛散してどろりと垂れ落ちる精液を撮影した。そして今しがた絞り出した残液を左手の中指ですくい取り、すぼめた口先で味見しながら、右手の携帯端末を操作して、料理レシピ投稿サイトのマイアカウント画面を開き、レシピのタイトルを「汁」として、撮りたての画像を投稿した。
 

イラスト:椋本サトコ

 

 

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生成不純文学

次回は10月17日(火)に「幻の淑女(2)」を更新予定です!

Writing

木下 古栗(キノシタ フルクリ)

1981年生まれ。2006年に「無限のしもべ」で第49回群像新人文学賞を受賞。著書に『ポジティヴシンキングの末裔』『いい女vs.いい女』『金を払うから素手で殴らせてくれないか』『グローバライズ』がある。

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