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物語を愛するすべてのひとたちへ-小説すばる

素晴らしき第28世界 石川宗生 ショートショート

『半分世界』で話題の新鋭が紡ぐ、鮮烈なショートストーリー。
本誌とウェブ、それぞれ異なる作品を毎月掲載。

No.58603〈蒐集家エドワード・ワインマン〉

 かつて世界屈指の投資家として知られていたエドワード・ワインマン氏は、卓抜した先見の明と叡知を活かし小国の国家予算にも匹敵する莫大な富を築いた。しかし同氏が真に脚光を浴びることになったのは齢六〇を過ぎてからである。投資活動から手を引くと、財を惜しみなく投じ、世界中の芸術品、骨董品を蒐集しはじめた。そしてのちにワインマン博物館と冠される三階建ての巨大建造物を敷地内に建て、蒐集品を展示したのだ。
 はじめ、ワインマン博物館は私的展示施設に過ぎず、長年謎のベールに包まれていたが、二〇XX年七月、ついに一般公開に踏み切られた。ここは古今の神秘と奇跡が詰め込まれた無二の館であり、一週間かけても見きれないほどの広大な規模を誇っている。また、東側の外壁が一枚もなく、展示品のなかには入手経路や出所の正当性、はたまた存在の真偽を疑ってしまうようなものも交ざっており、これらがいっそうワインマン博物館の、そしてワインマン氏の名声を世に轟かせる所以になっている。

No.3326〈馬の古地図〉
 とある高原地帯で万古の昔に栄華を誇った騎馬民族の地図である。なめされた一頭の馬の革に、馬の毛を焼いてつくった煤で世界地図を描き込み、それをふたたび馬のかたちに縫い合わせたものだ。当時知られていた各大陸のいびつな地形や都市名が一分の隙なく表面を覆っており、この世が巨大な駿馬の上にあると信じていた騎馬民族の世界観を如実に表している。特筆すべきは肛門に天国が、口に地獄が描かれていることだ。専門家が分析したところ、体内には粉砕された無数の馬の骨が詰め込まれ、革の内側にもべつの地図が描かれていた。それは表面の世界とおなじ地形をしたあの世の地図で、天国と地獄を介した円環構造、表裏一体の様相を呈している。

 ワインマン氏に関する文献資料は非常に数が少ない。投資家時代はもとより、蒐集に専念してからはいっそう人前にすがたを現さなくなったためである。そんななか、ある雑誌記者が知人を介してワインマン氏と接触し、かぎられた時間ながらインタビューに成功した。以下はその記事からの抜粋である。
―XXXXX?
「そうです。昔からですよ」
―XXXXX?
「ピンバッジ、ボタン、空のボトル、トランプ、カップ、石、写真……、いくらでもあります」
―XXXXX?
「父、母、祖母です」
―XXXXX?
「祖父は戦争で亡くなりました。祖母もわたしが一〇歳のときに病気で他界しました。あとはずっと両親と一緒でした。ふたりとも七年ほど前にそろって亡くなりました。よくいうおしどり夫婦で、最期のときまで一緒だったんです。それぞれべつの病気だったっていうのに」
―XXXXX?
「(沈黙のあとで)家のものを集めていたのはたしかです。ものがなくなったりしたら、まず真っ先にわたしが疑われました。まぁ実際、犯人はだいたいわたしだったんですが(笑)」
―XXXXX?
「祖母の遺品です。祖母が死んだ日の晩、祖母の部屋にこっそり忍びこんで物色したんです。父と母が整理したら、手に入らなくなると分かっていましたから。スペアのメガネ、入れ歯、革製の手帳、シルバーのネックレス、いろんなものを盗んで、クッキーのカンカンに入れて庭先に埋めました」
―XXXXX?
「えぇ、新しいものを見つけるたびに掘り起こして入れていました。いまでもありますよ」
―XXXXX。
「たしかに、あのカンカンが蒐集の原点かもしれませんね。まずは入れ物を集めないことには始まりませんから」

No.7349〈天井裏のヴァン・ゴッホのミイラ〉
 この有名画家ヴァン・ゴッホの亜種は、一部地域の古民家の天井裏に棲息している。ゴッホがいるかどうかを調べるのは簡明で、光源がないにもかかわらず壁一面が星空のように光り輝いていたり、人の耳の断片らしきものがそこらじゅうに落ちていたりしたら、棲息していると思ってまず間違いない(光は蛍光性の体液によるマーキング、耳のかたちをした断片は排泄物だとされている)。天井裏という手狭な空間に適応するため身体が矮小化している一方、目はひまわりのごとく巨大化しており、暗闇のなかも自在に動きまわる。ただし、生け捕りにするのは非常に難しく、もとより稀少生物であるがゆえに、発見されるのはミイラ化した死体と相場が決まっている。

 ワインマン氏は蒐集開始から五年足らずで、現在、ワインマン博物館に展示されている品々の九割以上を集め終えた。
 そして転機が訪れる。同氏は突如として身辺にあるなんの変哲もないもの、たとえば敷地内に落ちていた小枝や石を集め出したのだ。部外者には依頼せず、ワインマン家に仕える使用人の手で蒐集した。ときには手ずから拾い集めることもあったという。かくてほかの灌木や花々などもふくめ、数年かけて庭自体をきれいに蒐集すると、それらも細大漏らさず博物館に収めた。この際、庭用の膨大なスペースを確保するために大幅な増築が行われ、結果としてワインマン氏が住まう邸宅と連結された。
 

No.15501〈世界でいちばんの美〉
 立方体のガラスケースに飾られた珠玉の宝石で、中毒性のある強烈な美を放射している。この妖しい光輝を目にした者は恍惚のあまり足が動かなくなり、この世のものとは思えぬほど甘美に照り映える。その見目麗しい者を目にした人も、恍惚のあまりその場から離れられなくなる。そのようにして金縛りの輪は広がってゆき、みな一様に渇きも飢えも忘れ、うっとりと口元を綻ばせながら死に絶えてゆく。ゆえに宝石を実際に見て生き残っている者はおらず、その形状や色合いも明らかにされていない。宝石というのも一説でしかなく、真相を知る者は誰ひとりとしていないのだ。しかし、ワインマン博物館ではあなた自身の目でその真偽を確かめることが可能である。この展示物は黒いベルベットの覆いがかけられているだけで、警備員も近くにいないのだから。

―XXXXX?
「続けていました。投資か蒐集。わたしの人生は文字通りそのふたつだけです」
―XXXXX?
「投資はあくまで手段です。蒐集を成り立たせるための手段。ご存じの通り、蒐集はお金がかかりますから。ただ、投資活動も蒐集の一環だったのかもしれません。あれもお金集めという点ではおなじですから(笑)」
―XXXXX?
「さぁ、どうでしょう。(しばし考えたあとで)錬金術みたいなものでしょうか」
―XXXXX?
「集めると同時に創り出しているような感覚もどこかにあるんです。とくに古美術品など、それまで日の目を見てこなかったものに意識を向けるというのは、時間を吹き込んでいるような想いがしまして。そういう意味での再創造ですね」
―XXXXX。
「えぇ、できることなら」
―XXXXX?
「(沈黙のあとで)ときどき考えることはあります。そのときになってみないと分かりませんが、なんらかのかたちで続けるでしょうね」
―XXXXX?
「わたしは極端な物質主義者です。死後の世界も信じません。でもだからこそ、ものに人一倍執着があるのかもしれませんね。わたしにとって物質は魂と同義なんです」
―XXXXX?
「自然とそうなりました。信仰を知るよりも先に蒐集がありましたから。重ね重ねですが、わたしにとってこの世は物質なんです。ただ、ごちゃごちゃに配置されたものを順番に並べているだけなんですよ。その秩序づくりが創造の感覚にもすこし似ているんだと思います」
―XXXXX?
「そうですね。ものを集めることは、世界の構築そのものに直結します。あえて言うなら、それがわたしの信仰なんです」 

No.37470〈あなた〉
 横〇・五×縦二メートルほどの飾り気のない姿見で、「No.37470〈あなた〉」というタイトルと解説がついている。「この鏡を覗き込んだ者はみな、ワインマン氏のコレクションのひとつとなる。あなたという物質のみならず、あなたがここにいたるまでに歩んできた人生すべて、あなたの世界そのものが」これを読んだあなたはよくできた詭弁だと一笑することだろう。だがそのときから、あなたの世界は後戻りできないまでに一変することになるのだ。恋人と映画を観ているときも、肉親との死別の際も、我が子を授かった瞬間も、自身がワインマン氏の蒐集品であるという認識が絶えず頭の片隅にこびりついているだろう。忘れようとすればするだけその想いは強まり、毎朝、鏡に映り込む顔が他人のようによそよそしく見えるようになるだろう。やがて諦念にも似た潔さでもって屈し、蒐集品であることを自覚しながら生きていくことになるだろう。はじめ憂いを帯びていたその認識は時とともに静かに澄みわたり、居心地のよさすら見出すだろう。わたしはワインマン氏の蒐集品に過ぎないのだから、もうこの世のなにに対してもかかずらう必要はないのだ、と。

 庭の蒐集後、ワインマン氏の蒐集対象は自身が住む邸宅に移った。そこはすでにワインマン博物館とつながっていたので、あとは展示手段を模索するだけだった。ここで同氏はしごく簡明な判断を下した。彼には元来、蒐集品はあくまで観賞の対象であり使用目的ではないという美学があったので、必定、邸宅全体をそのまま蒐集品として展示したのである。

No.58602〈エドワード・ワインマン邸〉
 黒光りした正門にタイトルと「二〇XX年○月△日XX時」と刻印されたプレートがかけられ、同日同時刻の生活風景が邸内に保存されている。シャンデリアのきらめきの下、レコードプレーヤーからクラシック音楽が流れている。ベッドシーツの乱れ。防腐処理された食べかけのクロワッサンと冷めたコーヒー。読みさしの本。洗濯場では白のワイシャツと仕事着がバスケットに積み重なっている。洗濯機は稼働中だ。ワインマン氏につかえていた使用人も半数以上が剥製になっている。門番は壁に寄りかかりながら空を見上げている。厨房の換気扇の下で料理人がライターを持ち、永遠に灯されることのないタバコを口にくわえている。使用人の男女が階段下の暗がりでいつまでもしめやかに口づけを交わしている。

 ワインマン氏の剥製もまた、三階の書斎に展示されている。書斎机に背を向ける恰好で、上等な革製の肘掛け椅子に深々と座っている。No.58603のプレートが胸元に留められた白のワイシャツ、ゆったりとした黒のスラックス、つややかな光沢を放つ黒革の靴。白髪まじりの短髪はくしで丁寧にとかれ、口角が緩やかに下がっている。若葉色の瞳は眼下に広がる敷地内の緑の平野を越え、おぼろに浮かび上がった遠方の街並みと東の空に向けられている。
 とある使用人(ワインマン氏が邸宅の蒐集に踏み切る直前、危険を察知して逃げ出した)の証言によると、同氏は目下行方知れずとなっている古参の執事に対し、自身とほかの使用人たちの剥製化、ならびに博物館と邸宅の東側の外壁の取り壊しを命じたそうだ。
 後者の意図に関しては、ワインマン博物館の世界規模の拡張工事であるという見方が有力視されている。その手がかりはワインマン氏の腿の上に載せられた、色あせた詰め合わせクッキーのカンカンのなかにある。黄色のべっこうメガネ、前歯が一本欠損した入れ歯、ぴかぴかのカフスボタン、ニワトリのかたちをした小石に加え、このようなタイトルのプレートも入っているのだ。

No.58604〈世界〉

 ワインマン氏はカンカンのふたを右手に持ったまま、いまにも閉じるような挙措を示している。

Writing

石川 宗生(イシカワ ムネオ)

'84年千葉県生まれ。'16年「吉田同名」で創元SF短編賞を受賞。'18年、受賞作を含む単行本「半分世界」でデビュー。

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