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物語を愛するすべてのひとたちへ-小説すばる

人間界の諸相 木下古栗 掌編連載

アメトーク読書芸人で取り上げられ注目を集める木下古栗。
ナンセンスの極北を描く鬼才による初の掌編連載。(ときどきエッセイも公開。)

次回は4月17日(月)に掌編を更新予定です!

【エッセイ】フーッ!

 この夏、参院選があったことは記憶に新しい。観測史上最高の暑さもあいまって、参院「戦」という漢字をあてたくなるほどに、それは激戦の様相を呈していた。だがそんな中、著しく誤った方向に突き進んだ存在がいた気がする。私はその候補者のことをネットニュース等で軽微に目にしていただけであり、正直、どんな主張の持ち主なのか知らず、また知りたい気持ちも微塵も湧かなかった。
 しかし投票日も押し迫った頃(だったと思うが)、土曜午後に電車で渋谷に赴き、地下から階段を上がって駅前に出た途端、うだるような蒸し暑さにうんざりすると同時に、何かがおかしいと感じた。たしかに駅前の、特にハチ公前は週末ともなれば激混みなのだが、その激混みをくぐり抜けてスクランブル交差点方向へ向かう途中、あまりの混雑にその場に足止めされてしまったのだ。ただでさえ糞暑いというのに、さらに密集の人いきれも加わり、あまりの不快指数の高まりに正気を保つのもやっと。そんな私の意識に
「フーッ!」
 と異常に気持ちよさそうなマイク越しの咆哮が聞こえてきた。よく見ると駅前広場、交差点とは逆方向の一点に向かってオーディエンスが群がり、そのせいで通り道が異常に狭まり、青信号を待つ人々がパーソナルスペースを奪われ、すし詰めに苦しみ、滂沱の汗を流して熱中症一歩手前の極限状態に陥っている。その光景はさながら生ける兵馬俑だった。まもなく判明したのは、それが「選挙フェス」などという訳の分からぬ催しであり、その一派による妄動であるということ。
「フーッ!」
 再度その咆哮を耳にして、私の中に瞬間、凄まじい殺意が沸き上がり、と同時に、もはや手の施しようがないほどに非知性の蔓延するこの世界に対して、深甚なる絶望を覚えた……。
 季節も秋に変わるので、気分一新、掌編を紡いでゆきたい。RESPECT。

(小説すばる 2016年11月号)

次回は4月17日(月)に掌編を更新予定です!

Writing

木下 古栗(キノシタ フルクリ)

1981年生まれ。2006年に「無限のしもべ」で第49回群像新人文学賞を受賞。著書に『ポジティヴシンキングの末裔』『いい女vs.いい女』『金を払うから素手で殴らせてくれないか』『グローバライズ』がある。

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