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物語を愛するすべてのひとたちへ-小説すばる

素晴らしき第28世界 石川宗生 ショートショート

『半分世界』で話題の新鋭が紡ぐ、鮮烈なショートストーリー。
本誌とウェブ、それぞれ異なる作品を毎月掲載。

次回は、12月中旬更新予定。

ピンポン整理

 昼下がり。一張羅を着た市長が取り巻きを引き連れ、意気揚々と市庁舎の屋上に出てきた。強風吹きすさぶなか、ひとりの科学者がうやうやしく頭を下げる。
「お待ちしておりました。すでに準備はできています」
 科学者の指さす先、簡易テーブルの上には、つまみやスライダがたくさんついた長方形の機械が置かれている。だが市長はそれには一瞥しただけで、すぐさま眼下に広がる街並みに目を移す。「いやそれにしても、今日も最悪の天気だねぇ」と高らかに哄笑。
 曇天の下、ところ狭しと雑居ビルが建ち並び、大通りは祭日のように人であふれかえっている。渋滞が慢性化し、そちこちでクラクションが鳴らされている。工場の煙突から煙がもくもくと立ちのぼり、霞がかかって遠望はかなわない。
 人口過多と土地不足が問題視されて久しく、環境問題の不安も高まるばかり。だが今さら建物を動かせないし、区画整理するにも財政面で余裕がない。なにしろ市長を筆頭に、多数の職員が私腹を肥やしているから。
 そこで、最先端技術「マルチトラック空間転送装置」を利用した稀代の区画整理計画が打ち立てられた。同装置は試験版なので実績は乏しいが、そのぶん低コストだったので市庁舎はすぐと採用したのである。
「すでに区画整理担当の方にはお話ししましたが」と科学者はいまだ街を打ち眺める市長に述べる。「イメージとしては、音楽のレコーディングなどで使われる、ピンポン録音にすこし似ています。ピンポン録音の一例を挙げますと、ひとつのトラックにドラムを、もうひとつにギターを、またべつのトラックにベースギターをそれぞれ録音し、あとでひとつのトラックに重ね合わせるというものです」
「なるほど、なるほど」市長はこっくりこっくりうなずく。
「そして『マルチトラック空間転送装置』の場合は、音ではなく空間をべつの空間に転送し、統合します。装置のトラック数はぜんぶで一六個あるのですが、この街の区画が元から一五に分かれていたので、今回は一五のトラックを一五の区画にそれぞれリンクさせました」
「了解、了解」とうなずき、うつむく。
「ステップを申し上げますと、第二区画から第三、第四区画と順番に、ここ第一区画に統合していきます。それを繰り返すことで、第一区画以外の区画がおのずと空き地になっていきます。ちなみに、区画整理担当の方がリクエストされたとおり、この市庁舎一帯だけはリンク範囲から外してありますので……」
「うん、うん……」と顔を上げ、口を開く。「で、説明は終わり?」
「はい、以上です」
「それじゃ、ちゃっちゃとやっちゃおうか。このあと会食の約束があるんでね」
「承知しました……。それでは、まず第二区画を統合します」
 科学者が空間転送装置のボタンを押すと、第二区画に建ち並ぶ大きなビルがビデオの巻き戻し機能のようにみるみるうちに小さくなり、あとには更地だけが残った。と同時に、第一区画では第二区画にあったビル群がめきめきと顔を出し、家々のあいだに建ち並びはじめる。
「おぉっ!」という職員一同の歓声。
 市長は鼻息を荒げ、「こりゃすごいねぇ」とぶよぶよの頬を弾ませる。
「気に入っていただけたようでなによりです。ちなみに区画整理担当の方がおっしゃるには、あの空いた土地にはショッピングモールを建てる予定だそうですよ……。では、作業を続けます」
 科学者は第三区画のトラックのボタンを押す。すると第三区画が更地に変わり、第一区画の小公園が総合公園相当の規模となって、池の中央に商店街が出現する。
「あれ」とここで市長が欄干に身を乗りだし、双眼鏡を覗き込む。「あっちこっちで建物が重なったりしてない?」
「もちろんです」と涼しい顔で科学者。「もともとここは『マルチトラック空間転送装置』用に建設された都市ではありませんので、そういうイレギュラーもまれに発生します。ですが、これも想定の範囲内です。のちのマスタリング作業でバランス調整や空間調整を行いますので、あまりご心配なさらずに」
「ふぅん、そういうことね」市長はうなる。
「それでは、引き続き」
 科学者は第四、第五、第六区画と次々に統合していく。第一区画には巨大な構造物がいくつもそびえ立ち、でこぼこした壁面からは鉄塔やらビルやら電車やらが飛び出している。
「あんまり見栄えが良くないな」
「そうですかね」とやや顔をしかめながら、「重なりすぎるとまずいので、すこし上下にずらしてみたのですが……。でもまあ、さきに申し上げたとおり、マスタリングで修正を施すので大丈夫ですよ」
 第九区画を統合した頃には、数知れぬ悲鳴が市庁舎の屋上にまで届いてくる。
「だいぶ苦情が来そうだな……。もうそろそろ市長選なんだよね」
「そうね」と人差し指で首筋をぽりぽりかく。「多くの住民は動いているので、リアルタイムで空間を転送させると、建物などにめり込んだり融合したりすることもままありますよね。でもこれも、そう、俗に言うノイズみたいなものですから。きっとマスタリング作業後の完成形を見れば、みんな納得するはずですよ」
 第一三区画の統合後には、いくつもの巨大な構造物が合体し、天まで届かんばかりの一個の超巨大構造物となって市庁舎に暗い影を落とす。
「もうなんていうか……」と口をあんぐり開けて見上げながら市長。「なんなんだろこれ」
「うんまあ」と含み笑い。「とりあえずは、一種の近未来的コロニーを想像していただければいいかと。つまり、そのぉ、未来への投資ですよ、いま流行りのポストモダン不条理SFですよ。なんてったって時代は都市開発ファンタジーですから」
「ふぅーん、そういうもんなのかねぇ」
 第一五区画が更地に変貌するなか、市長は科学者のかたわらに立ち、空間転送装置を見てうなり声をあげる。
「それにしても、面白い仕組みだよねぇ。なんか空でも飛べそうな感じ。これとか押したらどうなるの?」
「あ、それは」
 言うが早いか第一六区画、つまりは街全体とリンクした一五の区画以外の森羅万象が第一区画に重なり、消える。

次回は、12月中旬更新予定。

Writing

石川 宗生(イシカワ ムネオ)

'84年千葉県生まれ。'16年「吉田同名」で創元SF短編賞を受賞。'18年、受賞作を含む単行本「半分世界」でデビュー。

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