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物語を愛するすべてのひとたちへ-小説すばる

素晴らしき第28世界 石川宗生 ショートショート

『半分世界』で話題の新鋭が紡ぐ、鮮烈なショートストーリー。
本誌とウェブ、それぞれ異なる作品を毎月掲載。

次回は、8月中旬更新予定。

わた師

     わたし

 旅に出よう。ただし観光ではなく、ましてや自分探しなんてものでもなく、人間という小宇宙をめぐるのだ。それも一風変わったことを専門とする人に限定し、牛は牛連れ、馬は馬連れなることわざを信じてその人脈のみをたどる。さすれば望外の人連なる望外の世界が拓けるに違いない。

 

     ものまね師

 そう意気込んでみたはいいものの、誰かの紹介なくしてははじまるものもはじまらないのでまずは片端から知人にあたってみた。しかして知人の親戚の義母の元夫の商売敵の恩人の愛人のメル友のファンの隣人のコレコレさんから「すんごい変わった人物に心当たりがありますよ」と紹介されたのがものまね師のシカシカさんである。
「どもどもこんちですーっ」
 自宅に伺うなりそんな快然たる調子で出迎えてくれたのだが、いやはや、コレコレさんから事前に説明を受けていなかったら面食らっていただろう。このものまね師はコレコレさんと風貌から語調から仕草までうりふたつだったのだ。卓越した記憶力の持ち主で、世界がまるまる一個入っていそうな巨大なクローゼットにある多種多様な衣裳を駆使し、直近に会った人の字義通りすべてをコピーしてしまうのだという。へのへのもへじめいたどうとでも喩えられそうな薄い目鼻立ちも一役買っているようだ。
 と、ここでひとつの疑念が頭をもたげた。いま目の前にいるこのものまね師がコレコレさんのコピーだとしたら、コレコレさんが出会ったものまね師というのも、コレコレさんが出会う前にものまね師が出会っていた人のコピーだったのではないかということだ。そしてそのコピーですらたぶんその前に顔を合わせていた誰かのコピーであり、コピーのコピーのコピーのコピー……という図式が連綿と続いているわけで、つまるところ最大の疑問はこのものまね師こと名無しの権兵衛さんはいったい何者かということである。
 しかしそれを問うたところで「なーにいってるんですか、わたしはコレコレですよ、面白い冗談ですねぇ、アッハハハ」なんて答えるから益体もない。この旅は自分探しではないと先だって否定しておきながら、さっそくアイデンティティ問題に行き当たったようで剣呑である。次の紹介者を訊いても「すんごい変わった人物に心当たりがありますよ」とそっくり返してくるからもう目がまわる。

 

     口寄せ師

 なんだかのっけから変なものを引いてしまったなぁと困惑しながら名無しの権兵衛に紹介された口寄せ師マチマチさんのところへ赴いたのだが、ここでも大いに困惑した。
 マチマチさんはイタコ・パフォーマンス集団の一員で、観客のリクエストに応えて生霊死霊問わず古今の霊を憑依させるイタコ・ショーを開催している。たとえばホメロス脚本、黒澤明監督、ハンフリー・ボガート主演のアクション劇を演じたり、ムッソリーニ、アレクサンドロス大王、パブロ・ピカソがカラオケ合戦をしたり。言語上の齟齬が生じた場合もすぐに通訳の生き霊を憑依させるなど余念がない。「ついこの前は昼帯番組にも特集されたんですよ」とマチマチさんは誇らしげに言う。「小さなお子さま向けにはポケモンの生き霊を使ったポケモンバトルもありますし、子供から大人まで楽しめるショーを用意しているんです」
 ただし悩みもあるようで、書き入れ時には朝から晩まで誰かを憑依させているものだから自分の時間が一日数時間しか確保できなかったり、ショーの目玉のひとつ「驚異のイタコ・サンドイッチ」では憑依させたイタコの霊が憑依させたイタコの霊が憑依させたイタコの霊になり、何人のイタコを憑依させているのか分からなくなったりして「自分が自分なのかときどき自信がなくなるんです」とのこと。アイデンティティ問題、ふたたび。
 そんなマチマチさんは残念なことに紹介できそうな人物に心当たりがないという。こんなところでつながりが切れるのは恨事と熱心に頼み込むと、彼女は次々に霊を憑依させて訊いてくれた。ただし有料で。そして財布がすっからかんになったところでようやくコチコチさんなる生き霊が、「あー、それだったらナタナタさんとかいいんじゃないですかねぇ。あの人はホントに良い感じの丸太を造ってくれますから」

 

     丸太造り師

 ナタナタさんは現今希少な忍法変わり身の術用の丸太造り師である。「携帯できるように太すぎず重すぎず、でもって身体の線が浮かび上がるようにある程度大きさを保たなきゃいけない。けっこうデリケートな代物なんだ」
 昔は忍者がわんさか暗躍していたから注文もひっきりなしにあったらしいが昨今は月に一、二本程度だという。「もちろん、ろくすっぽ稼げねぇよ。実際、近くのコンビニでバイトしながら片手間でやってるからな。まぁ廃れゆく家業だけど需要があるかぎりはやっぱりやんないといけないわけよ。それが人情ってもんだろ」
 これを聞いて思ったのは、マチマチさんに憑依した生き霊コチコチさんは果然忍者だったのかしらんということ。

 

     迷宮技師

 ナタナタさんから職人つながりで紹介されたのが迷宮技師のカネカネさんだ。「はじめて三〇年ぐらいになるね」と彼は地べたに指で迷路を描きながら言う。「組み合わせ次第で無限通りに造れるし、ぜんぜん飽きないんだよね」
 迷宮の造り方にはプレハブ工法から植林工法からコンクリート工法まであり、カネカネさんは二次元にかぎらず三次元型大迷路まで手がけている。良い迷宮の定義については「時間だね」という。「さまよっているうちに時間感覚がなくなるのが理想的だよね」
 わたしも迷宮造りに同行させてもらったがその匠の技には舌を巻いた。目にもとまらぬ速さで次々と通路を造ってゆき、かと思いきや、茶目っ気たっぷりに壁にトイレの矢印マークをつけたりもする。女子トイレはこっち、その先に花壇つきのトイレを設ける。男子トイレはこっち、でもその先にはトイレはなく落とし穴がある。「迷宮って造り手の性格が出っからね。それに、ユーモアって大事じゃない?」
 良い迷宮のもうひとつの定義は「迷わせること」だという。「当たり前のことみたいに聞こえるけど、ぼくが言ってんのはもう例外なくってことね。迷宮の達人でも迷っちゃうぐらいにさ。たとえばあんた、ここから抜け出せそう?」
 見まわすが、現在位置も方角も皆目見当がつかない。ちょっと無理そうですね。わたしがそう言うとカネカネさんは「だろうね」と不敵に笑う。「これも間違いなく良い迷宮だよ、ぼくだってもう抜け出せそうにないからね」

 

     なぞ師

 半死半生でどうにか迷宮から抜け出したら今度は理屈の上で迷い込んだ。カネカネさんに紹介されたなぞ師のタカタカさんは謎めいた人物で、リンゴの皮むきをしてその皮を定規に並べたうえで空を見上げて枯れ葉に数字を書いてリンゴに貼りつけている。
 なにをされているんですかと尋ねると「なにをしているように見えますか」と返される。なにかの測定ですかと言うと「まあ近いね」現代アートだったりして。「それも近いね」釣り針のついていない釣りみたいに考え事をしてるだけとか。「うん近い」逆に近くないものはありますかと問うと「ないね」なぞなぞみたいなものですかというと「そういう考え方もある」なんか腹が立ってきたのでじゃあどういう考えがあるんだと声を荒らかにすると「ないものはない」意味なんてないってことか? 「そういわれると、そうでもないと答えざるをえないね」
 頭突きを食らわし、次の紹介者を無理矢理聞き出した。

 

     技師技師

 技師はなにかの専門技術を職業とする人だが、その専門技術をやらせるにはまず技師そのものを造らなければならない。男女間の性交渉から地道にはじめる育成法もあるが、それだと時間とコストがかかるので昨今は技師粘土をこねて技師を造る技師工房が主流になっている。
 技師技師のイサイサさんは技師工房の責任者であり、さきのなぞ師タカタカさんもまたここで造られたことを教えてくれた。「ただありゃあ完全に失敗作だったから手放しちまったがね。いちおう怒りの感情を造るっていう特性をつけたんだけど、意味不明なことばっかり口走りやがるからよ」
 いや、それだったらたいした成功ですよ。

 

     ネッシー操縦師

 ホマホマさんはネッシーの操縦師である。「おれっちはこの道のエキスパートなんよ。タイミングもすっかり心得てるからさ、あれ、目の錯覚だったのかな、やっぱり気のせいだったのかなってみんなが思ったところでまた顔をひょっこり覗かせるんだ。子供からお年寄りまでそりゃもうびっくりよ」
 けれどもそう得々と話す彼は自分が技師工房で造られたことを、そして今でも技師技師のイサイサさんに人生を遠隔操縦されていることを知らない。

 

     取材師

 ホマホマさんが紹介してくれたのは以前彼をテレビ取材しにきたというセカセカさんである。けれどもその取材は真っ赤な嘘であり、そもそもセカセカさんの本業はレポーターではない。薬品会社に勤務する研究員で、たまに趣味でレポーターと称し、大きなテレビカメラをかついで数々の著名人の自宅に突撃取材するのだ。
「テレビの取材だっていうとこれがけっこううまくいくんだよな。一度やったらやみつきになるよ。有名人と話せるんだから。しかも酒を酌み交わせば、あの女優がじつは色情狂で、あんなやつと付き合っててっていう裏話まで教えてくれるんだぜ」
 でもそれは犯罪にあたるのではないですか。
「そうかもしれねぇけど、おまえさんだってさっきおれが扉開けようとしなかったらお届けものですとか言って押し入ってきたわけだし、それとたいしてかわりないだろ?」
 まぁね。

 

     樹木師

 セカセカさんがこれまでに敢行した嘘の取材のなかで「なにも聞き出せなかったという意味でいちばん印象深かった」のがヨクヨクさんだった。ちょっとした有名人で、過去には多数のメディアが「樹木師」として彼のことを取り上げている。自宅の前庭でももから下を地中に埋めているところを近隣住民に発見され、なにをしているのかという質問に対し、「ただ地面に足を埋めているだけです」と答えたそうだ。
 それから程なくして、ヨクヨクさんを現代ストア派の師と仰ぐ信奉者や観光客が詰めかけるようになり、地元旅行会社は「世紀の樹木師ツアー」を組み、「樹木師」グッズ売りまで出現した。人々が浴びせる質問はさまざまあれど結局はこの一点に尽きた。「どうしてあなたは地面に足を埋めたのか?」するとヨクヨクさんは無表情にこう訊き返した。「なぜあなたは地面に足を埋めないのか?」人々は一様に口ごもり顔を伏せた。さも自身の足の所在でも確かめるかのように。
 わたしが足を運んだとき、ヨクヨクさんは凝然と地中に足を埋め街路樹と区別がつかないほど皮膚が黒んでいた。地面に垂れ、放射状に広がった長い髪には枝葉が纏綿し、結ばれた赤い実をついばみに小鳥が飛来している。「樹木師」ブームはとうに過ぎ去っていたが、それでもなお彼を詣でる信奉者が散見された。
 なにを尋ねてもヨクヨクさんが口を開いてくれなかったので、わたしもおなじ立場になって一考しようと地面に足を埋めてみた。だが彼の域にはなかなか達せない。腹は減るし、トイレに行きたくなる。シャワーも浴びたい。だから妥協案としてスニーカーに土を詰めてみた。次のステップは長靴だ。

 

     もぎり師

 長靴に土を詰めてもなおヨクヨクさんが無言を貫くのでどうしたものか考えあぐねていたおり、偶然にも「あの人はいま」特集でヨクヨクさんを取材しにきたワクワクさんと知り合った。今でこそ雑誌記者の仕事をしているが、かつてはチケットもぎりとして名をはせたのだという。「大学四年の夏休みのことでした。野球場の入場ゲートでもぎりのアルバイトをしていたときに、年間シートの購入者に尋ねられたんですよ。『どこでそんなに華麗なもぎりを身につけたんですか?』って。それから人生が一変したんです」
 もぎりの妙技の噂は瞬く間に広まり、一目見ようとワクワクさんの担当する入場ゲートに大勢が殺到した。一部の熱狂的な人々はもぎってもらったチケットの裏にサインをねだり、野球も観ずに帰っていった。地元新聞で紹介されたことを契機に彼のもぎりは全国で話題となり、素人が一芸を披露するテレビ番組にも出演した。観客はこの世のものとは思えぬ美技に酔いしれ感涙気絶する者まで続出。その年は華麗にストローを挿す「ストロー挿師」と並びチケットもぎり師が世を席巻した。
 ところがワクワクさんは程なくしてもぎりを止めてしまう。地道に続けていたバンドのほうで成功を収めたかったのでそれに専念したのだ。しかし「もぎりのワクワク」率いるバンドとして最初こそ注目を浴びたものの、演奏自体はザ・ラトルズの模倣と揶揄され世間からもすぐに忘れ去られた。「幸か不幸か、わたしには結局もぎりの才能しかなかったんです……。ただまぁ、良いこともあったんですよ。テレビ出演のときに知り合った友人のコネで、いまの仕事にありつけましたからね」
 もぎりを見せてくれないかとお願いしてみたところ、彼は唇の端に微笑を浮かべ大息した。「もうあんなこころをもぎとられるような真似はごめんですよ」
 たいへん申し訳ないが、失笑した。

 

     不思議師

 ワクワクさんが「あの人は本当にすごいですよ」と紹介してくれたカクカクさんは、世界七不思工場で働く不思議師だった。工場見学者の案内も担当しており「まず世界七不思議についてご紹介しますと」と律儀に説明してくれる。「ギザの大ピラミッド、万里の長城、ストーンヘンジ、バビロンの空中庭園、オリンピアのゼウス像、マチュピチュ、タージ・マハル、コロッセウム、ハリカルナッソスのマウソロス霊廟、ロドス島の巨像、聖ソフィア大聖堂、アレクサンドリアの大灯台、アレクサンドリアのカタコンベ、ピサの斜塔、大報恩寺瑠璃塔、ペトラ、チチェン・イッツァなどなどであります」
 たしかに以上の説明を一息で言ってのけるからカクカクさんは本当にすごい。たいした肺活量だ。わたしがそうほめると、彼は面映ゆそうに笑いながら「本気を出せばもっといけますよ」
 それから口をすぼめると、大きく息を吸い込んで一息に続ける。
「一昔前、これら七不思議造りは歴史学者や文化人類学者の助力のもと遺跡建築師が手仕事で行うのが一般的でしたが、ここ数十年の技術革新によって完全機械化が推し進められ、当方をはじめとする各地の不思議生産工場での大量生産が可能となりました。これにより現在では世界各国で不思議型施設の建設ラッシュが始まっており、巨像型ショッピングモール、コロッセウム型マンション、鉄道駅直結型カタコンベなどが続々登場しています。
 もちろんオーダーメイドも可能で、ピサの斜塔の角度をもう二、三度傾けたい、アトランティス型水族館にイルカショー専用の施設を導入したいといった細かな要望はもちろん、居住空間向けの屋根付きピラミッド、床暖房完備ピラミッド、高齢者フレンドリーのバリアフリー・ピラミッド、スプリンクラー付きピラミッド、自走型ピラミッド、ジェット噴射付きピラミッド、バベルの塔型ピラミッドまでなんでも承っています。
 近頃は一般家屋よりも不思議型居住施設の建造のほうが安価なので、そうした自宅の不思議改造が急増しており、一部地域ではすでに不思議型施設のほうが目立ってきています。 これは当方不思議生産工場にとって非常に好ましい状況と言えるでしょう。なぜならわたしたちの長期目標は、この世の不思議が不思議ではなくなるまでこの世を不思議だらけにして望外の世界を拓くことなのですから!」
 そしてカクカクさんは酸欠で倒れてしまう。

 

     わた師

 カクカクさんは病室のベッドで「あの人に初めて会ったとき、世界は広いんだなと痛感したんですよ」と述べ、わた師のシカシカさんを紹介してくれた。あのカクカクさんにそこまで言わせるとはいったいどんな人なのだろう。期待に胸を弾ませながらシカシカさんの家に向かってみると、なるほどこれはたしかに見た感じからして凄みのある人物であった。
 まず、室内にもかかわらずバックパックを背負っている。青のウィンドブレーカー、紺のジーンズ、黒のスニーカー、おまけに水筒までぶら下げて、どこかへ出かける気満々そうなのに実際はリビングのなかをぐるぐるまわるばかり。それにどういうわけかただこの場にいるだけで、そしてシカシカさんを目にしているだけで名状しがたい郷愁の念にとらわれる。
 困却極めるわたしに向かって彼は勿体をつけた調子で語りかけてきた。「記憶の旅に出よう。これまでに出会ってきた人間という小宇宙をめぐるのだ。それも一風変わったことを専門とする人に限定し、その人脈のみを……」
 あ、道理で懐かしいと思ったらどうもお久しぶりです、名無しの権兵衛さん。もとい、いつかのわたし。

次回は、8月中旬更新予定。

Writing

石川 宗生(イシカワ ムネオ)

'84年千葉県生まれ。'16年「吉田同名」で創元SF短編賞を受賞。'18年、受賞作を含む単行本「半分世界」でデビュー。

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