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物語を愛するすべてのひとたちへ-小説すばる

素晴らしき第28世界 石川宗生 ショートショート

『半分世界』で話題の新鋭が紡ぐ、鮮烈なショートストーリー。
本誌とウェブ、それぞれ異なる作品を毎月掲載。

すべてはダニエラとファックするために

 ダニエラとファックしたい。
 サウザは最近そのことばかり考えている。いや、ほかの男子だってそうに違いない。高校の全男子生徒を対象に秘密裏にとられたアンケート「学校でいちばんファックしたい女子」で、ダニエラは二位のカリラに桁違いの差をつけてチャンピオンの座に輝いたのだから。
 でも、ダニエラとどうやったらファックできるだろう。
 彼女には現在、恋人がいないという噂だ。学校中の男子生徒がたがいに牽制しているせいで奇跡的な均衡が保たれている上、彼女自身もめっぽうお堅く、求愛者をことごとく突き放しているらしい。だがサウザは恋愛経験がからっきしなく、容姿が良いわけでもなく、口べただ。真っ正面から愛の告白をしても、望みはかぎりなく薄そうだ。
 そこで彼は、三軒となりの家に住むジャックに助言を仰ぐことにした。七つ年上の兄貴分で、気立てが良く、ハーレー乗りで、ギターがうまくて、それでいて不思議と博識で……、つまるところ女の子にもてる要素がだいたい備わっており、実際、いろんな女の子と昼となく夜となくファックしている。
 ジャックの居場所であるガレージに行ったときも、彼のかたわらには黒いブラジャーとすけすけパンツすがたの女の子がいた。「よぉ、どうした、兄弟!」とジャックが声を張り上げても、サウザどころかこの世すら眼中にない様子で、床の一点を見つめながらシーシャを吸い、青臭い煙をぽっぽと吐き出している。
 サウザが恋愛作法について相談すると、ジャックは毛むくじゃらの太い腕を彼の肩にかけ、こっそり耳打ちをしてきた。「そりゃもう、たくさんの女とファックしまくるしかないな。落とし方とか付き合い方なんて、一〇〇回ファックしてるうちに自然と身についてくるさ」
 顔をあげ、かっかっかと大声で笑う。ジャックの欠点をあえて挙げるなら、笑い方がとんでもなく下品だということだろうか。

 ジャックが伝授してくれた恋愛のいろはをまとめると、誰彼かまわず手を出せ、大人の女とも付き合え、誰彼かまわずファックしろ、ふられろ、ふれ、叶わぬ恋をしろ、よりを戻せ、別れた女ともファックしろ、という具合だった。言葉こそ汚いものの、別言すれば酸いも甘いもかみ分けろということ。あんがい、まともだ。
 この教えに則り、サウザはミアと自宅デートをしてみた。幼なじみだし、手始めには良い塩梅だと思ったのだが、いざ女の子として意識したとたん、なにを話したらいいのかよく分からなくなった。耐えがたいほどの沈黙、てのひらが汗ばんでくる。口がかわき、息のにおいが気になる。鼻毛は出ていないかと、かゆいふりをして指先を鼻がしらにあてる。
 サウザは深呼吸し、みずからに言い聞かせた。冷静になれ。ミアなんて顔も足も腕も角張っているし、おっぱいもおしりも真っ平ら。こんな娘に緊張するなんてどうかしている。ジャックだって言っていたじゃないか。「たくさんの女とファックするために重要なのは、女をティッシュだと思うことだ。くしゃくしゃに丸めても、まだまだ掃いて捨てるほどあるんだよ!」
 だからサウザはティッシュで洟をかむぐらいのカジュアルさで、ミアにたくさん話しかけた。「昔はよく一緒にお城をつくったよね」「きみっていつも身体をこわばらせてるけど、べつに緊張する必要なんてないんだよ」「ぜんぜんお茶に手をつけてないけど、さすがに大きすぎたかな、あはは」
 でも、ミアは始終浮かない顔をしていた。目も合わせず、「そうね」「うん」「まぁ」とうなずくばかり。そしてついにはうつむき黙り込んでしまう。
 すかさずサウザは「アイ・ラブ・ユー」と連呼した。やけっぱちになったというのもあったが、その手のストレートな愛情表現が実はいちばん効き目があるのだと、ジャックが教えてくれたのだ。
「でも、なんでとつぜんあたしのこと好きになったの?」とミアは奥行きのない黒目を向けてくる。「あたしたちもう何年もずっと一緒にいたじゃない。しかもここ最近はずっと見向きもしてくれなかった。なのに、どうして?」
「その、あの……、久しぶりにきみの顔を見たら、とんでもなくすてきだってことに気がついちゃったんだよ」
 沈黙。
 サウザはこれを映画でよく目にするキスのための沈黙だと解釈し、ミアの手をとった。その手は豆粒大で、輪っかのかたちをしており、つかんだとたん身体も一緒になって浮かび上がった。顔に近づけ、唇にあてると、小さな悲鳴があがった。
「ひゃっ」
 サウザはびくっと身を震わせ、うっかりミアを口のなかに入れてしまった。くぐもった叫び声が頭のなかにこだまし、手足が歯の裏側にこつこつぶつかる。ファーストキスはABS樹脂の味だった。
 てのひらにぺっと吐き出すと、よだれにまみれたミアが声を荒らげた。「いきなりこんなことするなんて、あんまりよ。あたしとあなたじゃ、なにもかも造りが違いすぎるもの……!」
 謝罪を重ねたが、ミアはそっぽを向き、完全に口を閉ざしてしまった。サウザも深追いするのはやめた。初恋は得てしてほろ苦いというし、「大事なのはふられてもいちいち気にしないことだ、ティッシュならいくらでもあるんだ」とジャックも言っていたから。

 次に声をかけたのは、居間の壁に掛かっていたアルティーダだった。健康的に日焼けしていて、サンオイルでも塗ったようにつや光りし、なまめかしいくびれを持っている。何年も前からサウザのことをちらちら流し目で見ていたし、近頃は「はぁい、坊や」と親しげに声をかけてくるようになっていたので、脈ありと踏んだのだ。
 アルティーダは機微に聡い大人の女性で、サウザが口べたであることをすぐに察し、積極的にいろんなことを語り聞かせてくれた。クラシック音楽のこと、これまでに訪れた海外諸国の街並みのこと、とあるコンサートホールの天井に描かれていたうっとりするような天使と女神の絵のこと。
「坊や、あなたは将来とってももてる男性になるわよ」とアルティーダは鼻にかかった甘い声で言ってきた。「とっても聞き上手だから、わたしもとっても気持ちよくおしゃべりができるもの。それにわたしを見つめるそのお目々、つぶらできらきらしててとってもチャーミング。ずっと見つめていてほしいって思うぐらい」
 気分が良くなったサウザは、あなたもすごく魅力的な声と身体をしているとほめたたえた。「坊や、触りたいなら触ってもいいのよ」と彼女は微笑んだ。「べつに道具なんて使わなくていいの。ほら、指先でここをそっとなぞってみて」
 言われるがまま、ぴんと張り詰めていた部分をこすってみると、アルティーダはびぃびぃと湿っぽい声を漏らしはじめた。
「そう、その調子。そっと撫でるように、やさしくさわってちょうだい。そのまま、そのまま……、そんなに横に引っ張っちゃだめよ、あ、あぁ……!」
 びぃぃぃんという高い声が響き渡り、アルティーダがぶちんと切れた。「ねぇ、大丈夫?」と声をかけても、返事はない。ぐったりとしている。サウザは彼女をセロハンテープで補修し、元の位置にそっと戻した。
 夜半、ガレージに行くと、ジャックは今度は赤髪のグラマラスな女の子と酒盛りをしていた。「ちょうどおまえの話をしてたんだよ。近所に最高にいかす男が住んでるってな。ほら、ここに座って酒でも飲めよ」
 サウザはソファに座り、ウィスキーのグラスを一息に干した。ミアとアルティーダとの経緯を報告すると、ジャックはかっかっかと大笑いした。「こんな短いあいだにふたりもちょっかい出すなんてたいしたもんだ! あともう一息じゃないか!」
 すっかり上機嫌になり、ウィスキーとシーシャを交互に口にしながら、恋愛講座の続きをはじめた。内容はベッドへの誘い方や女の子の押し倒し方で、ハニーという名の赤髪の女の子も一緒に実演してみせた。ジャックはその間、「ファック」という単語を四〇回も口にした。サウザも傾聴するがあまり、いつのまにか「ファック、ファック」と相づちを打っていた。
 六杯目のグラスを干したころ、ジャックとハニーが本番の実演をはじめたので、サウザはひとりガレージから出た。酩酊のせいで、わずか数十メートルの帰り道が大海のようにぐらんぐらんと波打っている。
 道ばたにうち捨てられていたルビーを見つけたのはそのときだった。まっぷたつに割られ、ほとんど皮だけになっている。なにがあったんだと抱き起こすと、「捨てられたの」と消え入るような声で答えた。「さんざんなぶられて、吸い尽くされて、それでべつの女ができたからって……」わっと泣き出し、サウザの胸のなかに飛び込んできた。
 こころが痛んだけど、彼はこれを好機ととらえた。酒のいきおいで一夜をともに過ごす、そういうのはままあることだとジャックも言っていたのだ。
 さっそくルビーを自室に持ち帰り、ベッドの縁に並んで腰掛けた。脳裏に浮かんできたのは、ジャックのもうひとつの謂だった。「口説くときはありったけの想像力を使ってオーバーなぐらい褒めちぎるんだ。なんせ、男の想像力ってのは女を口説くために、服の下を想像するために発達したんだからな」
 そこでサウザは、思いつくかぎりの賛辞を口にした。「中身だけ食べて捨てるやつなんて、どうかしてるよ」
「そうかな」
「そうだよ。つやつやした黄色い皮とか、白い筋のめくれてる感じとか、すごくセクシーだ」
「ほんとに?」
「うん。それに、きみには形而上学的な美しさも存分にそなわってる。やわらかな内側は開かれた外側で、かたい外側は閉じられた内側。そのあいだにきみがいるんだから」
「なんか、うれしい……。そんなこと言われたのはじめて」
 ルビーもまんざらでもない様子で、今はなき果肉色に頬を赤らめた。それを見たサウザの全身も燃えるようにかっと熱くなり、ルビーをベッドに押し倒して股間のふくらみを押しつけた。皮のぬめりけが気持ちよくて、ほんの数回腰を動かしただけでイッてしまった。
「ごめん、つい興奮しすぎちゃって……」
「ううん、気にしないで。焦ることなんてないわ。これからだんだん良くなっていくはずだから、ね」
 そんな優しさに彼はまたも興奮してしまい、ルビーに覆いかぶさった。そんなことを夜通し繰り返していたらだんだん持続するようになってきて、彼女も「なんだか病みつきになっちゃいそう」ととろけるような声でつぶやき、もう有頂天。
 だが翌日、サウザはルビーをティッシュにくるんでゴミ箱に捨てた。朝の光の下でよく見てみると、うっすら黒ずんでおり、饐えたにおいがしたのだ。

 一度勝手が分かったあとは、とかくいろんな女の子とファックした。愛に痛みと過激さを求めるがあまり「蹴って! 蹴って!」と要求してくる弾力豊かなじゃじゃ馬娘ディアドラ。語彙力豊かな優等生タイプと思いきや言葉責めに弱かったオックスフォード。淫靡な花びらを広げるアネモネたちとは連日しおれるまで乱交パーティーを繰り広げた。ただ、場数を踏むごとに女の子の落とし方や扱いは要を得てきたけど、快楽のあとには決まって内省的な気分に陥り、むなしくなった。すべてはダニエラとファックするための予行練習だったはずなのに、いつしか目先の快楽におぼれてばかりいたのだから。
 そんなおりに出会ったのがガイアだった。いや、出会ったというよりも、気がついたときにはすでにそこにいたのだ。通学路にできた水たまり、手すりに引っかかったビニール袋、舞い落ちるポプラの葉、ありとあらゆるところに。
 サウザを取り巻く一切から、ガイアはささやきかけてきた。「あなたが以前、たくさんのものたちと戯れていたときから、わたしはあなたのことを知っていた。そしてそのときから、わたしはあなたのことを愛していたの」
 はじめは庭先の地面に掘った穴を通じてガイアと交わっていたけど、そんなことをせずとも、彼女とはもっと深遠なところで結びついていることに気がついた。ガイアは頬をなでる風にも、肺を満たす空気にも存在していたのだ。水となり、鉄となり、ナトリウムとなって、彼の全存在をめぐっていたのだ。
 サウザの内側から、ガイアはささやきかけてきた。「わたしたちは別々の存在でありながら、まったきひとつの存在でもあるの。有という分かちがたい絶対的な結び目でもって永久につながっていられるのよ」
 彼女との関係はすばらしく心地がよかった。はなから同棲しているも同然で、授業中、鉛筆を指でくるくるまわしているときも、スプリンクラーのきらめきに目を細めているときも、たえまなく睦み合うことができた。それになにより、虚勢を張ったり背伸びをしたりする必要もなく、ずっと自然体でいられたのだ。
 ダニエラのことも忘れてこのまま付き合っていこうかとも考えたけど、でもたったひとつだけ、どうしても慣れないことがあった。ガイアは決して、彼ひとりのものにはなってくれなかったのだ。大地となってサウザの両足を支えているときも、陽の光がたっぷり染み込んだ午後の芝生を同時に愛していた。コール音となってサウザに受話器を取らせたときも、車のタイヤの跡がべっとりついた犬の糞を同時に愛していた。ありとあらゆるものでありながら、ありとあらゆるものを愛していた。究極の自己愛をも体現していたのだ。
「きみはいったい、どれだけの数と関係を持ってるんだ?」
「わたしの認識の仕方によって異なるけど、数万、数億。星の数ぐらい」
「それはちょっと……、あんまりじゃないかな」
「ごめんなさい。でも、どうしようもないのよ。わたしが愛するのをやめたら、この世はこの世でなくなってしまうから」
 サウザは悶え苦しんだ。ガイアが愛を降り注ぐあまねくすべてのものたちに嫉妬し、ひいてはガイアに、彼女が内包するサウザ自身にも嫉妬することになった。このまま彼女を愛し続けたら、いつか自分を抑えきれなくなり、ばらばらになってしまいそうな気がしてたまらなくこわくなった。
 だから彼は断腸の思いで別れを告げることにした。理由は「価値観の違い」だった。
「そう……、それがあなたの出した答えなら、しょうがないわね」と天気雨がぽつぽつ降ってきてサウザの頬を濡らした。「また、以前みたいな良い関係でいましょう。いつでもあなたのことを見守っているから。ね、そんな顔しないで」

 夜、サウザは枕に顔をうずめ泣きじゃくった。身もだえするほどの痛みが彼という存在を貫き、細胞のひとつひとつが慟哭して、身体中の液体があふれ出してきた。さんざ泣き続けたあげく、生温かな暗闇から浮かび上がってきたのは、ふしぎなことにダニエラとファックしたいという想いだった。悲しみが深まるだけ、その気持ちはよけい膨れあがっていくのだった。
 そして明くる日の朝、サウザは初志を貫徹するべく家を出た。蒼天の下、悲哀の霧は徐々に取り払われてゆき、ダニエラの家を目指す彼の足どりは自信にみなぎっていった。ジャックが教授した恋愛のいろはをひとつずつ着実にこなしてきたことで、いまなら不可能をも可能にすることができるような気がしていた。なんて声をかけようかと想像をめぐらし、これまでの成果を試したい、もっといろんな経験をしたいという大胆さと好奇心が彼を前へ前へと突き動かした。
 ところが、家を出て数十メートルと進まないうちにサウザの歩みは止まった。おりしも、ハーレーに乗ったジャックがガレージから出てきたのだ。
「よぉ、兄弟!」
 サウザの視線はジャックではなく、その背後に注がれた。後部座席にダニエラがまたがっていたのだ。ジャックの分厚い胴体に腕をまわし、サウザのことをふしぎそうな目で見つめている。ジャックもダニエラも、胸元に〈OLD №7〉というワッペンのついた黒革のライダーズジャケットを着ていた。
「これからこいつとドライブに出かけるところなんだ。悪いけど、用があるんならまたあとにしてくんねぇかな。おまえの武勇伝聞くの楽しみにしてっからよ」
 かっかっかと笑い声をあげると、いきおいよくスロットルをまわし、風のような速さで走り去っていった。
 サウザは自分でも意外なことに、とても穏やかな気持ちでそのうしろすがたを見送ることができた。ジャックが教えてくれた恋愛のいろはのひとつに、叶わぬ恋をしろというのがあったから。これもまた成長の糧になると思えたのだ。
 それからしばし熟思したすえ、どこともない晴れ空に向かって話しかけた。
「なぁ、ガイア。もし良かったら、また会えないかな?」

Writing

石川 宗生(イシカワ ムネオ)

'84年千葉県生まれ。'16年「吉田同名」で創元SF短編賞を受賞。'18年、受賞作を含む単行本「半分世界」でデビュー。

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